【ことわざ】
京の着倒れ、大阪の食い倒れ
【読み方】
きょうのきだおれ、おおさかのくいだおれ
【意味】
京都の人は衣装に、大阪の人は飲食に、財産を使い果たすほど金をかけるということ。土地によって人々の好みや、金をかけるものが異なることのたとえ。


【類義語】
・所変われば品変わる(ところかわればしなかわる)
「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」の語源・由来
「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」は、「着倒れ」と「食い倒れ」という二つの言葉に地名を添え、京都と大阪の人々が何に金をかけるかを対比したことわざです。ここでの「倒れ」は、文字どおり体が倒れることではなく、衣服や食べ物に金を使いすぎて、暮らしや財産を傾けるほどになることを表します。
「食い倒れ」という言葉は、京都や大阪と結び付く前から使われていました。『西鶴大矢数(さいかくおおやかず)』(1681年・江戸時代前期、井原西鶴著)には、「喰倒」という表記が出てきます。この用例では、飲食にぜいたくをして財産を失うことを表しており、「食い倒れ」という言葉そのものが、江戸時代前期には成立していたことが分かります。
「着倒れ」にも、地名を伴わない古い用例があります。『江戸新八百韻(えどしんはっぴゃくいん)』(1756年・江戸時代中期)には「着倒れ」とあり、身分に釣り合わないほど高価な衣服を着たり、着道楽によって家を傾けたりすることを表しています。このように、「着倒れ」と「食い倒れ」は、それぞれ独立した言葉として使われたのち、地域の気風を表す言い方に取り入れられました。
京都と大阪を結び付けた古い形は、『軽口筆彦咄(かるくちふでひこばなし)』(1795年・江戸時代後期、怪笑軒筆彦編)に出てきます。そこには、「江戸の呑みだをれ、京の着だをれ、大坂のくひだをれ」とあり、江戸は酒、京都は衣装、大阪は食べ物に金をかける土地として、三つの都市を並べています。現在のことわざより長い形ですが、「京の着倒れ」と「大坂の食い倒れ」が、すでに対にして使われています。
「京の着倒れ」は、『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』(1802〜1809年・江戸時代後期、十返舎一九著)七編にも出てきます。京都の商人が、他国の商人とは異なって良い衣服を着ることに触れ、「京の着だをれの名は、ますます西陣の織元より出」と記しています。京都の衣装への関心と、西陣(にしじん)の織物産業とを直接結び付けた用例です。
西陣では、江戸時代に高級で精巧な織物が盛んに作られました。西陣の中心部には、一日に千両を超えるほどの生糸が取引されたことにちなむ「千両ヶ辻」という名も残っています。華やかな織物を生み出す町の姿が、「京の着倒れ」という言い方の背景にありました。
一方、「大阪の食い倒れ」の古い用例は、『摂陽奇観(せつようきかん)』(1833年成立・江戸時代後期、浜松歌国ほか著)に出てきます。そこには、「いづれ喰だをれの大坂とても殊更口は栄耀に成行」とあり、「食い倒れの大阪では、食べる物がますますぜいたくになっていく」という趣旨を表しています。
江戸時代の大阪は、米や食物をはじめ、全国からさまざまな品物が集まる経済の中心地として栄えました。海や周辺地域から食材を得やすいうえ、商人たちが料理屋を商談や付き合いの場として利用したため、料理の技も磨かれていきました。このような環境が、大阪を飲食に金を惜しまない町として表す背景になりました。
その後、三代歌川豊国が描いた錦絵(にしきえ)『魚づくし』にも、「京の着だほれ」「大坂の喰だほれ」「江戸の呑だほれ」が並べられました。衣装、食べ物、酒という三つの道楽によって都市の違いを描く言い方が、文章だけでなく、絵と戯文を組み合わせた作品にも用いられていたことが分かります。
現在と同じ語順に近い用例は、禽語楼小さんの落語『春日の鹿(かすがのしか)』(1891〜1892年)にあります。京都では人々が美しい衣装を好む一方、大阪では衣装より食べ物に金をかけるとして、「上方では京の着倒れ、大坂の喰い倒れと申して」と語られています。明治時代には、京都と大阪の異なる気風を表す一続きのことわざとして、広く通じる形になっていました。
「京の着倒れ」と「大阪の食い倒れ」は、それぞれ単独でも用いられ、さらに「堺の建て倒れ」などを続けることもあります。また、ほかの地方にも、「阿波の着倒れ伊予の食い倒れ」などの似た言い方があります。特定の地域の人がすべて同じだと決め付ける言葉ではなく、土地ごとに好みや金の使い道が異なることを、調子よく対比して表したことわざです。
「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」の使い方




「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」の例文
- 京の着倒れ、大阪の食い倒れということわざは、二つの都市で好まれる道楽の違いを表している。
- 郷土文化の授業で、先生は京の着倒れ、大阪の食い倒れを取り上げ、京都の織物と大阪の食文化を紹介した。
- 旅行案内を読んでいると、京の着倒れ、大阪の食い倒れという言葉が生まれた背景に興味が湧いた。
- 祖父は京の着倒れ、大阪の食い倒れを例に挙げ、土地によって人々の好みは異なるものだと語った。
- 京の着倒れ、大阪の食い倒れといっても、すべての京都人や大阪人に当てはまるわけではない。
- 博物館の展示では、京の着倒れ、大阪の食い倒れに関係する織物や料理屋の資料が紹介されていた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・井原西鶴『西鶴大矢数』1681年。
・『江戸新八百韻』1756年。
・怪笑軒筆彦編『軽口筆彦咄』1795年。
・十返舎一九『東海道中膝栗毛』1802〜1809年。
・浜松歌国ほか『摂陽奇観』1833年。
・禽語楼小さん『春日の鹿』1891〜1892年。























