【慣用句】
帰心矢の如し
【読み方】
きしんやのごとし
【意味】
自宅や故郷に、まっすぐ早く帰りたいと願う気持ちが非常に強いこと。


【英語】
・be homesick.(故郷や家庭を離れていて、家族や友人を恋しく思う)
【類義語】
・望郷(ぼうきょう)
・郷愁(きょうしゅう)
・ホームシック(ほーむしっく)
「帰心矢の如し」の語源・由来
「帰心矢の如し」は、「帰心」と「矢の如し」を組み合わせた表現です。「帰心」は、自宅や故郷へ帰りたいと願う気持ちを表し、「矢の如し」は、きわめて速いこと、また速くまっすぐ進むことのたとえです。
「帰」という字には、かえる、もどる、あるべき所におさまるなどの意味があります。そのため「帰心」は、離れた場所にいる人の心が、自分の家や故郷へ向かって動くことを表しやすい言葉です。
「帰心」そのものは、日本の古い漢詩にも出てきます。『本朝無題詩(ほんちょうむだいし)』(1162〜1164年ごろ成立、平安時代後期)には、「水駅帰心秋早寒」という句があり、旅の水辺の宿で、秋の寒さとともに故郷へ帰りたい思いが動く様子を表しています。
中国詩にも「帰心」を用いた例があります。唐の詩人李白の「蘇武」には、「牧羊邊地苦、落日歸心絕」とあり、遠い地で苦しむ蘇武の、帰りたい思いがほとんど絶えそうになるほど切実であることを表しています。
一方、「矢の如し」は、矢が放たれると速くまっすぐ飛ぶことから、速さとまっすぐさを表す比喩として使われます。「光陰矢の如し」と同じく、「帰心矢の如し」でも、心が故郷へ向かって一直線に飛んでいくような勢いを表しています。
中国語には、近い形の「歸心如箭」や「歸心似箭」という表現があります。どちらも、家へ帰りたい気持ちが非常に差し迫っていることを表し、「如」や「似」は「〜のようだ」という意味で、矢にたとえる点は日本語の「矢の如し」とよく対応しています。
『水滸後伝(すいここうでん)』(清初、陳忱作)第十三回には、「盧師越離家已久,歸心如箭」とあります。長く家を離れていた人物が、これ以上とどまることをおそれ、急いで別れを告げようとする場面で使われています。
『水滸後伝』は、中国清初の長編小説で、『水滸伝』の続編として書かれました。離郷、漂泊、再会、別れを多く描く物語の中で、「歸心如箭」は、長く外にいた人が早く家へ戻りたいと急ぐ心を、矢にたとえて表しています。
また、『鏡花縁(きょうかえん)』(1826年以前成立、清代、李汝珍作)にも「歸心似箭」という形が出てきます。この作品は清代の白話長編小説で、旅や異国めぐりを骨子とするため、故郷へ帰ろうとする心の急ぎを表す言い方が、物語の流れの中で自然に用いられています。
日本語の「帰心矢の如し」の古い用例として、『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』(1807〜1811年・江戸時代後期、曲亭馬琴作、葛飾北斎画)に「われ今鶴を得て帰心矢の如し」という形が出てきます。ここでは、帰るための手段を得て、早く帰りたい気持ちが一気に高まったことを表しています。
『椿説弓張月』は、源為朝を主人公にした後期読本で、中国長編小説の構想や趣向も取り入れながら、九州、京都、伊豆七島、琉球へと広がる波乱の物語を描いた作品です。そのような伝奇的な物語の中で、「帰心矢の如し」は、登場人物の帰りたい思いを強く、しかも短く言い表す言葉として使われています。
この表現は、単に「帰りたい」というだけでなく、心がすでに家や故郷へ飛んでいくような切迫した気持ちを表します。そのため、のんびり故郷を懐かしむ「郷愁」よりも、早く帰りたい、今すぐ戻りたいという動きの強い感情に合う慣用句です。
「帰心矢の如し」の使い方




「帰心矢の如し」の例文
- 長い出張が終わり、彼は帰心矢の如しで最終列車に乗り込んだ。
- 合宿の最終日、子どもたちは帰心矢の如しで迎えのバスを待っていた。
- 海外での仕事が一段落し、彼女は帰心矢の如しの思いで空港へ向かった。
- 祖母の体調がよくないと聞き、父は帰心矢の如しで故郷へ車を走らせた。
- 試験旅行を終えた生徒たちは、帰心矢の如しで家族への土産を手に駅へ急いだ。
- 雪で電車が遅れ、帰心矢の如しの彼には待ち時間がひどく長く感じられた。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・中華民国教育部『重編國語辭典修訂本』。
・陳忱『水滸後伝』清初。
・李汝珍『鏡花縁』1826年以前。
・曲亭馬琴作、葛飾北斎画『椿説弓張月』1807〜1811年。
・Oxford University Press『Oxford Learner’s Dictionaries.』























