【ことわざ】
狐の子は面白
【読み方】
きつねのこはつらじろ
【意味】
子は親に似るものだというたとえ。


【英語】
・Like father, like son.(父親に似た息子)
・The apple never falls far from the tree.(子は親から遠く離れた性質にはならない)
【類義語】
・蛙の子は蛙(かえるのこはかえる)
・瓜の蔓に茄子はならぬ(うりのつるになすびはならぬ)
【対義語】
・鳶が鷹を生む(とびがたかをうむ)
「狐の子は面白」の語源・由来
「狐の子は面白」の「面白」は、「おもしろ」とは読まず、「つらじろ」と読みます。ここでの「面」は顔を指す「つら」、「白」は顔が白いことを表しており、親狐の顔が白ければ、その子狐の顔もやはり白いという具体的な姿から、子は親に似るものだという意味が生まれました。
このことわざの古い形は、「狐の子は頬白」です。「頬白」も「つらじろ」と読み、顔が白いことを表します。「面白」と「頬白」は表記こそ異なりますが、どちらも狐の子が親と同じ顔立ちをもつことを示す言い方です。
古い用例は、『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』(14世紀ごろ成立、作者未詳)の巻三十七に出てきます。この作品は、全四十八巻から成る軍記物語(ぐんきものがたり)で、『平家物語』の異本の一つに数えられます。成立時期には諸説があり、14世紀前半ごろとする見方が広く知られています。
このことわざが使われるのは、寿永3年、すなわち1184年の一ノ谷(いちのたに)の戦いを描く場面です。源氏方の武将である熊谷直実(くまがいなおざね)の子、熊谷直家(くまがいなおいえ)は、通称を小次郎といい、父とともに戦いに加わっていました。『源平盛衰記』では、このとき直家は十六歳で、実際の合戦に出るのは初めてだったと語られています。
父の馬が矢を受けたのを見た直家は、敵陣近くまで進み出て、自分は熊谷小次郎直家、十六歳であり、今日が初めての戦だと名乗り、平家の武士たちに勝負を呼びかけます。その大胆な姿を見た平家方は、「狐の子は頬白と、親に似たる不敵者哉」と言いました。親狐と子狐の顔が似るように、この少年も父親に似て恐れを知らない勇者だ、という意味です。
平家方の武士たちは、直家がわずか十六歳だと聞いて驚きながらも、逃がすなといって一斉に矢を放ちました。直家は腕に矢を受けていったん退きますが、その後、再び戦いに加わります。この場面では、ことわざが相手を低く見る言葉ではなく、父譲りの勇気を認める表現として使われています。
この古例から分かるように、「狐の子は面白」が表す親子の類似は、顔立ちだけに限りません。もともとの「顔の白い狐の子」という姿を土台としながら、親の性質、度胸、行動のしかたなどが子にも現れることを表す言い方へと、意味が広がっていました。
また、「面白」という表記は、「面」を「つら」と読ませることで、「顔が白い」という意味を表しています。そのため、「楽しい」「興味深い」という意味の「面白い」とは関係がありません。読み方を知らずに「きつねのこはおもしろ」と読まないよう、注意が必要です。
現在では、顔や姿が親に似ている場合だけでなく、話し方、性格、才能、仕事ぶり、考え方などがよく似ている親子にも用います。古い用例が父親譲りの勇敢さを表していることからも、このことわざは、親子の似たところを良くも悪くも言い表す、幅の広い表現だと分かります。
「狐の子は面白」の使い方




「狐の子は面白」の例文
- 父親と同じく困っている人を放っておけない彼を見て、狐の子は面白だと思った。
- 母娘は笑い方から歩き方までよく似ており、まさに狐の子は面白だった。
- 名工だった父に劣らぬ細かな仕事ぶりは、狐の子は面白という言葉にふさわしい。
- 母親と同じ道を選んで教師になった姉には、狐の子は面白がよく当てはまる。
- 両親と同じく時間に正確な彼を見ると、狐の子は面白とはよくいったものだ。
- 社長の息子にも大胆な決断力があり、社員たちは狐の子は面白とうなずいた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・水原一考定『新定源平盛衰記』全六巻、新人物往来社、1988〜1991年。
・『源平盛衰記』14世紀ごろ成立。























