【ことわざ】
愛は憎しみの始めなり
異形として「愛は憎悪の始め」ともいう。
【読み方】
あいはにくしみのはじめなり
【意味】
愛情が強すぎると、のちに憎しみのもとになることがあるので、気持ちは節度をもつべきだという戒め。
【語源・由来】
中国古典『管子』の「愛者憎之始也、徳者怨之本也」に由来する表現である。日本語では「愛は憎しみの始めなり」と言いならわされる。
【類義語】
愛多ければ憎しみ至る
可愛さ余って憎さ百倍
「愛多ければ憎しみ至る」は、特別にかわいがられる人が周囲のねたみや憎しみを受けやすいという意味が中心で、このことわざよりも第三者から向けられる感情に重きがある。
「可愛さ余って憎さ百倍」は、かわいく思う気持ちが強いほど、いったん憎くなるとその憎しみも非常に強くなることを表す。こちらのほうが、感情の反転の激しさを直接いう言い方である。
「可愛さ余って憎さ百倍」は、かわいく思う気持ちが強いほど、いったん憎くなるとその憎しみも非常に強くなることを表す。こちらのほうが、感情の反転の激しさを直接いう言い方である。
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「愛は憎しみの始めなり」の使い方

「ともこちゃん、うちのお姉ちゃん、昨日まで『すごく好き!』って言ってたのに、今日は『もう顔も見たくない!』だって。」

「気持ちが強すぎると、こじれることもあるからね。愛は憎しみの始めなり、っていうこともあるよ。」

「じゃあ、ぼくもメロンパンを好きになりすぎないほうがいいのかな。」

「健太くんの場合は大丈夫。メロンパンはけんかしても言い返してこないから。」
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「愛は憎しみの始めなり」の例文
- テレビドラマで、仲のよかった二人が強い嫉妬から言い争う場面を見て、母が「愛は憎しみの始めなりだね」と言った。
- 相手を大切に思う気持ちが強すぎると、思いどおりにならないときに苦しみや怒りに変わることがあり、「愛は憎しみの始めなり」という。
- 祖母は恋愛の相談を受けると、「愛は憎しみの始めなりだから、相手に求めすぎないことも大事だよ」と話している。
- 友だちのお兄さんは、相手のことばかり考えて苦しくなってしまい、「愛は憎しみの始めなりという言葉を思い出した」と言っていた。
- 物語の授業で先生が、愛と憎しみは近い感情として描かれることがあると説明し、「愛は憎しみの始めなり」という言葉を紹介した。
恋愛や強い愛着について、感情が行きすぎる危うさをいうことば。ふつうは相手に直接ぶつけるより、出来事や関係を少し離れて評する形で使うほうが自然である。























