【ことわざ】
金の茶釜の七つもあるよう
【読み方】
きんのちゃがまのななつもあるよう
【意味】
自分の家は金持ちだと、ありもしない大げさな話を言いふらすこと。広く、大ぼらを吹いて、その場を取り繕うことにもいう。


【英語】
・tell a tall tale.(ひどく誇張した、信じ難い話をする)
・boast about one’s wealth.(自分の財産を自慢する)
【類義語】
・法螺を吹く(ほらをふく)
・大風呂敷を広げる(おおぶろしきをひろげる)
「金の茶釜の七つもあるよう」の語源・由来
「金の茶釜の七つもあるよう」は、金で作った茶釜を七つも所有していると吹聴する、途方もない財産自慢をたとえたことわざです。実際には持っていない豪華な品を並べ立て、自分の家が並外れた金持ちであるかのように語る姿を、皮肉とおかしみを込めて表しています。
茶釜(ちゃがま)は、茶の湯などで湯を沸かすために用いる釜です。一般には鉄で作られるため、金製の茶釜は、それだけでも非常にぜいたくな品を思わせます。茶の湯の道具には金や銀で作られたものもありますが、日常的な茶釜とは大きくかけ離れた豪華さをもっています。
そのような金の茶釜を、一つではなく「七つ」も持っていると言えば、財産の大きさを限りなく誇張することになります。このことわざの「七つ」は、正確な個数を知らせるための数字ではなく、普通ではあり得ないほど多くの財産を持っていると大げさに言い張るところに働きがあります。
この表現には、「金の茶釜が七つある」という形もあります。この形は、大ぼらを吹くこと、また、自分の家が金持ちであると吹聴することを表します。「家には金の茶釜が七つ」ともいい、家の財産を実際以上に大きく語る場面が、よりはっきりと示されています。
「金の茶釜の七つもあるよう」という形の末尾にある「よう」は、「金の茶釜が七つもあるようなことを言う」という言い回しの後半を省いた形と考えられます。そのため、単に金の茶釜について述べるのではなく、そのような途方もない話をもっともらしく語る態度まで含めて表します。
昭和10年に刊行された石角春之助の『乞食裏物語(こじきうらものがたり)』には、根拠のない大ぼらを吹く人物について、「家には金の茶釜が幾つも轉がつてゐる」と語る箇所があります。ここでは「七つ」という決まった形ではありませんが、金の茶釜を幾つも所有しているという話が、ありもしない財産を自慢する大ぼらの典型として使われています。
この用例からも、金の茶釜が、ただ高価な物を表すだけでなく、信じ難いほど大きな財産を言い立てるための題材となっていたことが分かります。金という高価な材料、茶釜という具体的な道具、さらに、それを幾つも持つという誇張が重なり、聞き手にも大ぼらであることがすぐに伝わる表現となっています。
現在は、「自分の家は裕福だと大げさに言いふらすこと」という意味が、このことわざの中核です。一方で、いいかげんなことを言ってその場をごまかす意味にも広げて用いられますが、もとの情景には、ありもしない財産を並べ立てる誇大な自慢があります。
したがって、「金の茶釜の七つもあるよう」は、単なる自慢ではなく、聞いた人が信じられないほど話を大きくすることを表します。自分を立派に見せようとして、現実から大きく離れた話をする姿を、金の茶釜が七つもあるという豪華でおかしみのある情景によって言い表したことわざです。
「金の茶釜の七つもあるよう」の使い方




「金の茶釜の七つもあるよう」の例文
- 彼は家に高級車が何十台もあると言うが、金の茶釜の七つもあるような話で、とても信じられない。
- 自分の屋敷には宝物が山ほどあるという祖父の話は、金の茶釜の七つもあるようだった。
- その男は、海外に別荘を百軒持っているなどと、金の茶釜の七つもあるようなことを言いふらした。
- 会社をいくつも経営しているという彼の自慢は、金の茶釜の七つもあるようで、聞く者をあきれさせた。
- 兄は友人の前で、家には珍しい宝石が幾つもあると、金の茶釜の七つもあるような話をした。
- 金の茶釜の七つもあるような大ぼらを吹いても、すぐに事実ではないと分かってしまう。
主な参考文献
・日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・小学館『デジタル大辞泉』。
・キッコーマン株式会社『料理のことわざ』。
・『お茶百科 お茶にまつわる言葉・ことわざ』。
・石角春之助『乞食裏物語』丸之内出版社、1935年。
・Cambridge University Press & Assessment『Cambridge Dictionary.』























