【ことわざ】
男は三年に一度笑う
【読み方】
おとこはさんねんにいちどわらう
【意味】
男は軽々しく笑わず、威厳を保つべきだということ。


【類義語】
・男は三年に片頬(おとこはさんねんにかたほお)
「男は三年に一度笑う」の語源・由来
「男は三年に一度笑う」の「三年」は、文字どおり三年間を数えるものではありません。男はいつも笑顔を見せるのではなく、ごくまれに笑う程度にとどめるべきだという考えを、極端に長い年月によって印象深く表しています。笑いを慎むことが、落ち着きや威厳につながると考えられていた時代の言い方です。
現在の形に直接つながる古い用例は、松葉軒東井が編んだ『譬喩尽(たとえづくし)』(1786年序・江戸時代後期)巻第四に出てきます。『譬喩尽』は全八巻から成る書物で、ことわざをはじめ、詩歌・童謡・流行語・方言などを広く集めたものです。そこには、男は三年に一度ほどしか笑わないものだ、という趣旨の言い方が収められています。
この用例では、すでに「男」「三年」「一度」「笑う」という、現在のことわざを形作る要素がそろっています。したがって、「男は三年に一度笑う」という形は、少なくとも18世紀後半には、男の笑いを戒める表現として書き留められていたことになります。
その後、太田全斎が編んだ『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(1797〜1829年の間に成立・江戸時代後期)には、「三年にかたふ笑ふ薩摩の諺也。かたふは偏頬也。少笑人を云」とあります。「三年に片頬だけで笑うのは薩摩のことわざであり、少ししか笑わない人をいう」という意味です。
この「かたふ」は「偏頬」、すなわち片方の頬を指します。声を上げて大きく笑うのではなく、三年に一度、片方の頬をわずかに動かすほどに笑いを抑えるというたとえです。ここから「男は三年に片頬」という形が生まれ、「男は三年に一度笑う」と並んで用いられるようになりました。
「三年に片頬」という形は、薩摩国に当たる現在の鹿児島県で、長くしつけの言葉として伝わりました。野村伝四の『大隅肝属郡方言集(おおすみきもつきぐんほうげんしゅう)』(1942年)には、厳格な家庭で男の子がむやみに笑うと、母親がこの言葉を持ち出して戒めたことが記されています。そこでは、昔の武士は三年に片方の頬で笑い、次の三年にはもう片方の頬で笑うほど、容易には笑わなかったと教えています。
北山易美の『さつまのことわざ』(1968年)にも、「男は三年に片頬」が収められています。昔は男の子に対して、口を結んで目を開き、むやみに笑わず、三年に一度だけ片頬で笑うようにしつけたという内容です。この言い方が、単に笑う回数を減らす教えではなく、感情を顔に出さないことを男性のたしなみとする考えに結び付いていたことが分かります。
こうして、もとの「男は三年に一度笑う」という形と、笑い方まで細かく表した「男は三年に片頬」という形とが伝わりました。後者は、薩摩地方の厳格な家庭や武士のしつけに深く結び付き、戦後には地域的な言い方という枠を越えて、昔の男性像を表すことわざとして広く紹介されるようになりました。
現代では、男性が笑うことを実際に禁じる教えとしてではなく、男は感情を抑え、重々しく振る舞うべきだとされた昔の価値観を伝える表現として用いられます。笑顔に対する考え方が変わった現在、このことわざは、かつての男性のしつけや、社会の男女観を知る手がかりにもなっています。
「男は三年に一度笑う」の使い方




「男は三年に一度笑う」の例文
- 時代劇の父親は、男は三年に一度笑うという考えで、息子に厳しい態度を求めた。
- 祖父は男は三年に一度笑うを地で行くような、無口で重々しい人だった。
- 授業では、男は三年に一度笑うに表れた昔の男性観について話し合った。
- 男は三年に一度笑うというしつけのため、その武士は人前で表情を崩さなかった。
- 郷土史の講演で、男は三年に一度笑うと薩摩の武士教育との関係が紹介された。
- 男は三年に一度笑うという古い価値観と、笑顔を大切にする現代の考え方とを比べた。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・松葉軒東井編『譬喩尽』1786年序。
・太田全斎編『俚言集覧』1797〜1829年の間に成立。
・野村伝四『大隅肝属郡方言集』中央公論社、1942年。
・北山易美『さつまのことわざ』いなさ書房、1968年。
・岩井茂樹「『笑う写真』誕生経緯再論―『公』と『私』の相剋」『日本語・日本文化』第53号、大阪大学日本語日本文化教育センター、2026年。























