【ことわざ】
釈迦に説法
【読み方】
しゃかにせっぽう
【意味】
その道をよく知っている人に、知っていることを得意げに教えることのたとえ。


【英語】
・Don’t teach your grandmother to suck eggs.(詳しい人に、その人がよく知っていることを教えるな)
【類義語】
・釈迦に経(しゃかにきょう)
・猿に木登り(さるにきのぼり)
・河童に水練(かっぱにすいれん)
「釈迦に説法」の語源・由来
「釈迦に説法」は、仏教を開いた釈迦(しゃか)と、仏の教えを説き聞かせる「説法(せっぽう)」を組み合わせたことわざです。釈迦は仏教の開祖であり、悟りを開いたのち、人々に教えを説いた人物として伝えられています。その釈迦に向かって仏教の教えを説くのは、教える相手をまったく取り違えた行いになります。そこから、よく知っている人にそのことを教える愚かさを表すようになりました。
このことわざのもとには、釈迦が教えを説く側の中心にいる、という仏教上の理解があります。説法は本来、仏教の教義を説き聞かせることであり、釈迦は鹿野苑(ろくやおん)で最初の説法を行い、その後も人々を教化したと伝えられています。つまり「釈迦に説法」は、教えを受けるべき人に教えるのではなく、教えの根本にいる人へ教えようとする、という逆転のおかしさをたとえにした表現です。
古い形としては、「釈迦に経(きょう)」が知られています。『北条氏直時代諺留』(1599年ごろ)には、「釈迦に経」が「釈迦に説法」と同じ意味をもつ形として出てきます。「経」は仏の教えを記したものですから、釈迦に経を読んで聞かせるという言い方も、よく知る相手に不要な教えをする愚かさを表しています。
江戸時代の国語辞書である『俚言集覧(りげんしゅうらん)』にも、「釈迦に説法」の形が出てきます。『俚言集覧』は、太田全斎が編んだ『諺苑(げんえん)』をもとに、俗語、漢語、仏語、方言などを増補改編した書物で、成立は1797年から1829年までの間とされています。このような近世の語彙資料に収められていることから、江戸時代にはすでに、日常のたとえとして理解される表現になっていたことが分かります。
同じ発想は、「心経(しんぎょう)」を用いた形にも広がりました。人情本(にんじょうぼん)『恋の若竹』(1833〜1839年)には、「釈迦に心経」という形が出てきます。心経も仏教の経典なので、釈迦に向かって経を説くという不自然さは、「釈迦に経」と同じです。この段階では、「説法」「経」「心経」など、仏教の教えに関わる言葉を入れ替えながら、同じたとえが使われていたといえます。
現在の形に近い実例としては、『三題噺魚屋茶碗(さんだいばなしととやのちゃわん)』(1882年・明治15年、河竹黙阿弥作)に「釈迦に説法」の形が出てきます。この作品は歌舞伎狂言で、東京の春木座で初演されました。そこでは、相手がすでに知っていることを言うのは無駄だ、という意味で使われています。
古くは「釈迦に経」「釈迦に心経」「釈迦に説経」などの形も使われましたが、今日では「釈迦に説法」という形がよく定着しています。いずれの形にも共通するのは、相手の知識や経験を見誤って、教える必要のないことを教えてしまうという点です。そのため、このことわざは、相手を軽く見ることへの戒めであると同時に、自分の発言が出過ぎたものにならないよう注意する言葉としても使われます。
「釈迦に説法」の使い方




「釈迦に説法」の例文
- 長年将棋を教えている祖父に駒の動かし方を説明するのは、釈迦に説法だ。
- 料理研究家に包丁の持ち方を得意げに話すのは、釈迦に説法というものだ。
- 校長先生に学校行事の進め方を初歩から教えようとして、釈迦に説法だったと気づいた。
- プロの整備士に自転車の空気の入れ方を細かく説明するのは、釈迦に説法に近い。
- 英語の先生にアルファベットの読み方を教えるような話になり、釈迦に説法だと感じた。
- 専門家の前で基本的な知識を長々と述べるのは、釈迦に説法になりかねない。
主な参考文献
・北村孝一編『小学館 ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・太田全斎編『俚言集覧』1797〜1829年ごろ。
・『北条氏直時代諺留』1599年ごろ。
・河竹黙阿弥『三題噺魚屋茶碗』1882年。























