【故事成語】
牛に対して琴を弾ず
【読み方】
うしにたいしてことをだんず
【意味】
どのように説き聞かせても効果がないことのたとえ。相手が理解できない、または聞き入れる気がないため、高尚な話や大切な教えが役に立たないこと。


【英語】
・cast pearls before swine(価値の分からない相手に大切なものを与えてむだにすること)
【類義語】
・馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
・犬に論語(いぬにろんご)
・豚に真珠(ぶたにしんじゅ)
「牛に対して琴を弾ず」の故事
「牛に対して琴を弾ず」のもとになった形は、中国語の「對牛彈琴」です。字のとおりには「牛に向かって琴を弾く」という意味で、相手に合わない話し方では、よい内容も伝わらないことを表す言葉になりました。
この故事は、『弘明集(ぐみょうしゅう)』(南朝梁、僧祐編)巻一に収められた牟融『理惑論(りわくろん)』の問答の中に出てきます。『理惑論』は、仏教の教えをめぐる問いに答える形で書かれた論書として伝わります。
問答の中で、相手は、なぜ仏教の経典そのもので答えないのかとたずねます。牟子は、仏教のことをよく知らない人に仏教の経典だけで語るのは、目の見えない人に色を説明し、耳の聞こえない人に音楽を聞かせるようなものだと答えます。
そこでたとえとして出てくるのが、公明儀(こうめいぎ)の話です。公明儀は魯の賢人として伝わる人物で、牛の前で「清角(せいかく)の操」という曲を琴で弾きました。
ところが、牛は顔も上げず、草を食べ続けました。牛が音を聞いていなかったからではなく、その曲が牛の耳に合わなかったためだと語られています。
公明儀が、蚉蝱(ぶんぼう)、つまり蚊や虻の羽音、また孤犢(ことく)、つまり親を失った仔牛の鳴き声をまねると、牛は尾を振り、耳をそばだてて聞きました。牛にとって意味のある音になったため、反応が変わったのです。
この話の大切な点は、相手をただ低く見ることではありません。どれほどすぐれた音楽や教えでも、相手の知っていること、関心、理解のしかたに合っていなければ、伝わりにくいということを示しています。
牟子はこのたとえを用いて、相手になじみのある「詩書」、つまり儒教の書物の言葉を使って説明する理由を述べます。相手に合わせて言葉を選ぶことが、教えを伝えるために必要だという考えが、故事の筋になっています。
後の時代には、宋代の字典『祖庭事苑(そていじえん)』(北宋、睦庵善卿撰、1108年成立)にも、公明儀が牛のために琴を弾いた話が掲げられました。この形を通して、「牛に対して琴を弾ず」という言い方は、説き聞かせても効果がないことのたとえとして定着していきます。
現在の日本語では、相手に理解する気がない場合や、相手の段階に合わない難しい説明をしてしまう場合に使います。もとの故事をふまえると、この言葉は、よい内容を話すだけでなく、相手に届く形で伝えることの大切さも教えているといえます。
「牛に対して琴を弾ず」の使い方




「牛に対して琴を弾ず」の例文
- 専門用語ばかりで新入社員に説明しても、牛に対して琴を弾ずになりかねない。
- 幼い弟に税金の仕組みを細かく話しても、今は牛に対して琴を弾ずだ。
- 練習する気のない相手に名選手の助言を伝えても、牛に対して琴を弾ずに終わった。
- 絵画に興味のない客に難しい美術理論を長く語るのは、牛に対して琴を弾ずに近い。
- 父の忠告を聞こうとしない兄には、どんな説明も牛に対して琴を弾ずだった。
- 相手の理解に合わせて話さなければ、せっかくの授業も牛に対して琴を弾ずになる。
主な参考文献
・小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・中華民国教育部『成語典』2020年。
・Cambridge University Press『Cambridge English Dictionary』。
・牟融『理惑論』。
・僧祐編『弘明集』南朝梁。
・善卿撰『祖庭事苑』1108年。























