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“十で神童、十五で才子…”と啄木 北村孝一【著】

専門家コラム
この記事を書いた人
北村孝一(きたむら よしかつ)先生
北村孝一ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。

 

“十で神童、十五で才子…”と啄木

十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人

十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人

“十で神童(しんどう)、十五で才子(さいし)、二十(はたち)過ぎれば只(ただ)の人”は、たぶん、みなさんもご存じのことわざでしょう。

「神童」は、まるで神様の子どものように、小さいときから頭がよく何でもできる子。江戸時代には、読み書きだけでなく、殿様の求めに応じて和歌を詠(よ)んだり、画家のような絵や書道家のような書をかく子もいたといいます。「才子」は、知恵があり、気のきく人のことです。どちらも、いまではあまり使われなくなっていますが、才能を高く評価する褒(ほ)め言葉です。

ことわざは、幼い頃、10歳くらいで並外れた才能をあらわし、神童といわれた子も、15歳ぐらいになると秀才(しゅうさい)の一人になり、20歳を過ぎて大人になると、ふつうの人になってしまう、ということです。

もちろん、すぐれた才能の持ち主がみんなそうなるわけではありません。なかには大人になって、さらに才能を発揮し、りっぱな仕事をなしとげる人もいます。そういう人の場合は、幼少の頃から優れていたエピソードを挙げ、「栴檀(せんだん、香木の白檀の別名)は二葉より芳(かんば)し」ということもあります。

とはいえ、多くの場合、あれほど才能があったのに、成長すると、いつのまにか、ただの人になってしまうというのも事実でしょう。その原因は、幼い頃に神童ともてはやされて慢心(得意になって、自分が別格なのは当然と思うこと)し、努力をおこたるから、あるいは切磋琢磨(せっさたくま)しないから、とする見方があります。しかし、そうした心理がはたらくにしても、本人だけの責任なのかと疑問視するものも古くからありました。

このことわざが広く使われるようになったのは、明治時代前期(1870年代~1880年代)と思われ、1881年の雑誌に「俚謡(りよう)にいわく、十歳(とお)で神童十五で才子廿歳(はたち)過ぎれば尋常(なみ)の人」とあるのが、三句目の表現が少しちがいますが、いまのところ最も古い例のようです。

「俚謡」というのは庶民の歌の意で、今日ではまず耳にしませんが、当時は、酒の席などでも、ちょっぴり皮肉や笑いを交えながら、この文句を歌うこともあったのでしょう。文句をよくみると、七七七五の音数で、都々逸(どどいつ)の形式にかなっていて、三味線の伴奏で歌い、元神童もいっしょになって笑っていたのかもしれません。

ところで、神童といえば、私は石川啄木(いしかわ たくぼく、1886-1912)の次の短歌を思い出します。

そのかみの 神童の名の
かなしさよ
ふるさとに来て 泣くはそのこと(歌集『一握の砂』1910年)

啄木は、故郷の渋民村の小学校では成績優秀で神童といわれましたが、進学した盛岡中学では欠席が多く、卒業を前に中退。その後は、文学をこころざし、新進詩人として注目されますが、父の失職などで生活が苦しく,あちこち転々とし、1906年には渋民村に戻って小学校の代用教員として1年間を過ごします。当時は数え年なので、21歳でした。

啄木はその前にも帰郷しているので、厳密にいうと、この短歌の年代は特定できませんが、ことわざを意識していたことは確かと思われ、おそらく20歳は過ぎていて「神童の名の/かなしさよ」と詠んだのではないか、と私は推測しています。啄木は、失意のなかでも自らの才能を自負し、再起への強い意欲を胸に秘めていました。

後年、啄木は北海道での新聞記者生活を経て上京し、1909年朝日新聞社に校正係として入社。翌年末には東雲堂から『一握の砂』を出しますが、肺結核にかかり、病苦と貧困のなかで1912年1月に逝去。享年27歳の短い生涯でしたが、死後ひろく知られるようになり、生活の真実を詠った『一握の砂』はいまも読み継がれています。(2026/7/13)

©2026 Yoshikatsu KITAMURA

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北村孝一(きたむら よしかつ)先生

多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。

主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/





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