【ことわざ】
後ろ坊主の前角鬘
【読み方】
うしろぼうずのまえすみかずら
【意味】
後ろ姿は見栄えがしないが、正面から見ると美しいことのたとえ。


【類義語】
・前十両に後ろ三両(まえじゅうりょうにうしろさんりょう)
【対義語】
・後ろ千両前一文(うしろせんりょうまえいちもん)
「後ろ坊主の前角鬘」の語源・由来
「後ろ坊主の前角鬘」は、一人の姿を後ろと前から見比べ、その印象の違いを二つの髪形にたとえたことわざです。「後ろ坊主」は、後ろから見ると坊主頭のようで見栄えがせず、「前角鬘」は、正面から見ると角鬘を着けた姿のように整って美しいことを表します。
「坊主」は、もとは寺院の僧を指す言葉ですが、髪を剃ったり、ごく短く刈ったりした頭も表します。このことわざでは、髪の飾りや華やかさに乏しい後ろ姿を、「坊主」という言葉で誇張しています。
一方の「角鬘(すみかつら)」は、「すみかづら」ともいい、角前髪(すみまえがみ)をかたどった若衆鬘(わかしゅかつら)の一つです。前髪の生え際を剃り込んだ形をもち、歌舞伎では若い男性の役などに用いられました。
「角前髪」は、江戸時代に元服前の少年が結った髪形です。前髪を残しながら額の生え際の両隅を剃り、額を角張った形に整えました。このことわざでは、その整った前髪の姿が、正面から見た美しさを表すたとえとなっています。
「角鬘」という言葉の古い用例は、『古今役者物語(ここんやくしゃものがたり)』(1678年・江戸時代前期)に出てきます。そこには「すみかづら」が、女鬘や若衆形などとともに、役者が用いる鬘の種類として挙げられています。
ことわざそのものの古い形は、「後坊主ノ前角カヅラ」です。藤井乙男編『諺語大辞典(げんごだいじてん)』(1910年・明治43年)は、この形を掲げ、その用例として『当世爰かしこ』を挙げています。
『当世爰かしこ(とうせいここかしこ)』(1776年・江戸時代中期、御無事庵春江作)は、当時の世相や遊里の風俗を扱った洒落本(しゃれぼん)です。この作品が出典として挙げられていることから、「後坊主ノ前角カヅラ」という言い方は、少なくとも江戸時代中期には使われていました。
『諺語大辞典』は、このことわざを「後辨天前不動」の反対としています。「後ろ弁天前不動」は、後ろ姿は弁才天のように美しいが、正面から見ると不動明王のような厳しい顔立ちである、という意味の言い方です。
したがって、「後ろ坊主の前角鬘」は、その関係を逆にした表現です。後ろから見た姿を髪のない「坊主」に、前から見た姿を整った前髪をもつ「角鬘」にたとえ、正面のほうが美しいことを際立たせています。
古い表記では、「後ろ」を「後」とし、「角鬘」を片仮名交じりの「角カヅラ」と書いています。のちには、意味の切れ目が分かりやすい「後ろ坊主の前角鬘」という形で表されるようになりましたが、前後の姿を対比する仕組みは変わっていません。
こうして「後ろ坊主の前角鬘」は、江戸時代の少年の髪形や芝居の鬘を背景に、前から見た姿は美しいものの、後ろ姿は見劣りすることを表すことわざとして伝わりました。ただし、人の外見を一方的に評価する意味をもつため、現在は古い言葉として意味を理解し、相手を傷つけるような使い方をしないことが大切です。
「後ろ坊主の前角鬘」の使い方




「後ろ坊主の前角鬘」の例文
- 古い読み物には、正面の姿だけが美しい人物を後ろ坊主の前角鬘と評する場面があった。
- 祖父は後ろ坊主の前角鬘の意味を話したあと、人の容姿をからかってはいけないと教えた。
- 国語の授業で、後ろ坊主の前角鬘は前後の印象の違いを表す古いことわざだと学んだ。
- 後ろ坊主の前角鬘などと相手の外見を評するのは、本人を傷つけるおそれがある。
- 舞台衣装を前から眺めていた男は、後ろ姿を見て後ろ坊主の前角鬘だと評した。
- 後ろ坊主の前角鬘ということわざには、髪形によって前後の見栄えを比べる昔の発想が表れている。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・藤井乙男編『諺語大辞典』有朋堂、1910年。
・『古今役者物語』1678年。
・御無事庵春江『当世爰かしこ』鱗形屋孫兵衛、1776年。























