【故事成語】
鼎を扛ぐ
【読み方】
かなえをあぐ
【意味】
重い鼎を持ち上げるほど、腕力が非常に強いことのたとえ。


【英語】
・Herculean strength.(ヘラクレスのような非常な力)
【類義語】
・抜山蓋世(ばつざんがいせい)
・万夫不当(ばんぷぶとう)
【対義語】
・非力(ひりき)
「鼎を扛ぐ」の故事
「鼎を扛ぐ」は、中国の歴史書『史記』(前漢、前91年ごろ成立、司馬遷著)の「項羽本紀」に出てくる表現にもとづきます。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までの歴史を、人物の伝記を中心に記した紀伝体の史書です。
故事の中心にいるのは、秦の末に劉邦と天下を争った項羽です。項羽は名を籍、字を羽といい、戦国時代の楚の将軍の家筋に生まれ、叔父の項梁に育てられました。
『史記』には、若いころの項籍が書を学んでも成らず、剣を学んでも成らなかったとあります。項梁が怒ると、項籍は、書は姓名を記すだけで足り、剣は一人を相手にするだけなので、万人を相手にする兵法を学びたいと答えました。
この言葉から、項梁は項籍の志の大きさを特別なものと考え、兵法を教えました。項籍は大いに喜びましたが、兵法もおおまかに理解しただけで、最後まで学び通そうとはしなかったと記されています。
また、秦の始皇帝が会稽へ巡行し、浙江を渡ったとき、項梁と項籍はその行列を見ました。そのとき項籍は「彼可取而代也」と言い、あの者には取って代わることができる、と大胆に口にしました。
項梁は、そんなことを言えば一族まで滅ぼされるとして、あわてて項籍の口をおさえました。この場面は、項羽の若いころからの強い野心と、ただの力持ちにとどまらない大きな気性を示しています。
その後に、「籍長八尺餘,力能扛鼎,才氣過人」とあります。これは、項籍は身長が八尺あまりあり、力は鼎を持ち上げることができ、才気は人にすぐれていた、という意味です。
ここでいう「鼎」は、古代中国の重い器です。食物を煮るために用いられ、王侯の祭器や礼器ともなったため、特別な重みと格式をもつ器として理解されていました。
「扛ぐ」は、重い物を持ち上げることを表します。したがって「鼎を扛ぐ」は、ただ少し力があるという意味ではなく、普通の人には動かせないような重い器を持ち上げるほどの、抜きん出た腕力を表す言葉になりました。
同じ表現は、後漢の班固が著した『漢書』にも受け継がれています。『漢書』の「陳勝項籍伝」には「籍長八尺二寸,力扛鼎」とあり、項羽の並外れた体格と力を示す言い方として伝わっています。
日本での古い用例には、『日本書紀』(720年・奈良時代、舎人親王ら編)景行二年三月の訓読に、「力能く扛鼎」という形があります。これは、漢文を日本語として読む中で、「鼎を扛ぐ」という言い方が早くから受け入れられていたことを示します。
この故事成語は、項羽の強大な腕力を表す具体的な一場面から生まれました。現在では、実際に鼎を持ち上げるという意味よりも、並外れて力の強い人をたとえる表現として使われます。
「鼎を扛ぐ」の使い方




「鼎を扛ぐ」の例文
- 彼は米俵を軽々と持ち上げ、鼎を扛ぐような力を見せた。
- 昔話に出てくる武者は、鼎を扛ぐほどの怪力の持ち主として描かれている。
- 大きな石を一人で動かした祖父は、若いころ鼎を扛ぐような力自慢だった。
- 鼎を扛ぐほどの腕力があっても、力の使い方を誤れば人を傷つける。
- その選手は相手を圧倒する体格と筋力を備え、鼎を扛ぐという表現が似合う。
- 鼎を扛ぐとは、普通の力では扱えない重い物を持ち上げるほど、腕力が強いことをいう。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・班固『漢書』後漢、80年ごろ。
・舎人親王ら編『日本書紀』720年。
・Merriam-Webster, Inc.『Merriam-Webster Dictionary.』























