【故事成語】
井渫えて食われず
【読み方】
いさらえてくわれず
【意味】
すぐれた才能や力を持ちながら、それを認めて用いてくれる人にめぐり合わず、不遇なままでいること。


【英語】
・one’s talents go unrecognized(才能が認められない)
・a wasted talent(生かされていない才能)
・an able person left unused(有能なのに用いられない人)
【類義語】
・井渫不食(せいせつふしょく)
・懐才不遇(かいさいふぐう)
・宝の持ち腐れ(たからのもちぐされ)
・英雄用うるところなし(えいゆうもちうるところなし)
【対義語】
・適材適所(てきざいてきしょ)
・知人善任(ちじんぜんにん)
「井渫えて食われず」の故事
「井渫えて食われず」は、中国古典の『易経』(古代中国で成立した占いと思想の書)の「井」の卦に出てくる「井渫不食」という言葉にもとづく故事成語です。「井」は井戸、「渫」は井戸の底の泥やごみを取り除いてきれいにすること、「食」はここでは食べることではなく、水を飲用にすることを表します。
『易経』の「井」は、村や国が変わっても井戸は変わらず、人々を養い続けるものとして説かれます。井戸は自分から動きませんが、そこに清い水があれば、人々は汲んで用いることができます。
この卦の九三には、「井渫不食。爲我心惻。可用汲。王明竝受其福。」という爻辞があります。読み下せば、「井渫えども食われず。我が心の惻みを為す。用いて汲むべし。王明らかなれば、並びにその福を受く。」となります。
やさしく言えば、「井戸はきれいにさらえられ、水は飲める状態になっているのに、だれも汲んで飲もうとしない。それを見ると心が痛む。もし賢明な王がその水を用いれば、王も人々もともに幸いを受けるだろう」という意味です。
ここでの井戸は、ただの井戸ではありません。清く役に立つ水をたたえていながら、人に用いられない存在として描かれています。そこから、すぐれた才能や徳を持つ人がいるのに、上に立つ人がそれを見抜かず、登用しない状態を表すようになりました。
「象伝」には、「井渫不食、行惻也。求王明、受福也。」とあります。これは、きれいにされた井戸の水が使われないことを、道を行く人までも心痛めることとし、明らかな王を求めるのは、そこに福を受ける道があるからだと説明しています。
この説明によって、言葉の意味はさらに明確になります。問題なのは、井戸の水が悪いことではありません。むしろ水は清く、汲めば役に立ちます。それにもかかわらず、用いる人がいないことが惜しまれているのです。
人に置き換えれば、才能のある人、よく学んだ人、正しい考えを持つ人がいても、それを理解して任せる人がいなければ、その力は世の中に生かされません。「井渫えて食われず」は、そのような不遇の状態を、清い井戸水にたとえて言う言葉です。
もとの漢文では「井渫不食」という四字の形ですが、日本語では「井渫えて食われず」と訓読風に言い表されます。また、「井渫えども食われず」「井渫えたれども食われず」といった形でも用いられます。
「食われず」という言い方は、現代語では少し分かりにくく感じられます。ここでは「食べられない」ではなく、「飲まれない」「用いられない」という意味です。水があるのに飲まれないことが、才能があるのに用いられないことへ重ねられています。
この故事成語は、単に目立たない人をいう言葉ではありません。力が足りないのではなく、力はあるのに、それを認める目や活躍の場がないことが中心です。そのため、本人の能力と、周囲がそれを生かさない状況の両方を含んでいます。
現在でも、学校や職場、社会の中で、よい考えやすぐれた力を持つ人が正しく評価されないときに用いることができます。もとの井戸のたとえを思うと、この言葉は、不遇な人を嘆くだけでなく、才能を見いだして生かす側の責任も静かに示している故事成語です。
「井渫えて食われず」の使い方




「井渫えて食われず」の例文
- 絵の上手な生徒が掲示物の担当に選ばれず、井渫えて食われずの状態になっていた。
- 高度な技術を持つ職人が単純作業ばかり任されているのは、井渫えて食われずというほかない。
- 研究内容は優れていたが発表の機会を得られず、彼は長く井渫えて食われずの立場にあった。
- 地域の歴史に詳しい祖母が会議に呼ばれなかったため、井渫えて食われずの知恵が眠ったままになった。
- 企画力のある社員が資料整理だけを任され続けるのは、井渫えて食われずで会社にとっても損失だ。
- 音楽の才能がある友人が合唱の伴奏者に選ばれず、井渫えて食われずだと皆が惜しんだ。























