【故事成語】
一人善く射れば百夫決拾す
【読み方】
いちにんよくいればひゃっぷけっしゅうす
【意味】
一人のすぐれた行動や手本に刺激され、多くの人が奮い立ってそれに続くこと。先に立つ人の力が、集団全体の気持ちや行動を動かすたとえ。


【英語】
・lead by example(行動で手本を示す)
【類義語】
・率先垂範(そっせんすいはん)
「一人善く射れば百夫決拾す」の故事
「一人善く射れば百夫決拾す」は、中国の古典『国語』の「呉語」に出てくる「一人善射,百夫決拾」という言葉に基づきます。字面では、一人が弓を上手に射ると、多くの人がそれに刺激され、弓を射る道具を身につけて続こうとする、という意味です。
『国語』は、中国の春秋時代を中心に、周・魯・斉・晋・鄭・楚・呉・越などの国ごとの出来事を記した古い歴史書です。二十一巻から成り、「呉語」一巻と「越語」二巻もその中に含まれます。
もとの場面では、呉王夫差(ふさ)が越を攻めようとし、越王勾践(こうせん)がこれを迎え撃とうとします。そのとき越の重臣である種が、今はむやみに戦うべきではないと進言します。種は、呉には申胥、すなわち伍子胥(ごししょ)や華登のように兵をよく用いる人物がいて、呉の兵たちは甲兵に慣れ、まだ勢いを失っていないと見ていました。
その説明の中で出てくるのが、「夫一人善射,百夫決拾,勝未可成也」という一節です。これは、一人が弓の名手であれば、多くの人が決拾を着けてそれに続こうとするように、すぐれた将や手本となる人物がいると、周囲の兵もその力に動かされる、というたとえです。したがって、この段階で越が呉と正面から戦っても、勝利はまだ確かではない、という判断につながっています。
「決拾(けっしゅう)」は、弓を射るときに用いる道具です。「決」は右の指につけて弦を引くためのゆがけ、「拾」は左ひじを守るゆごてを指します。原文の注でも、「決」は弦をかけるもの、「拾」は腕を守るものと説明され、一人の上手な射手を見て、多くの人が競って道具を着け、そのまねをする様子として読まれます。
この言葉は、もとの文脈では戦いをめぐる判断の中で使われています。しかし、意味の中心は、戦そのものよりも「一人のすぐれた働きが、多くの人を奮い立たせる」という点にあります。そこから、後には、学問、仕事、競技、集団活動などで、手本となる一人の行動が周囲を動かす場合にも用いられるようになりました。
現在の使い方では、単に目立つ人がいるという意味ではありません。その人の努力、勇気、実力、責任ある行動が、まわりの人々に「自分もやってみよう」と思わせ、実際の行動を引き出すときにふさわしい故事成語です。
「一人善く射れば百夫決拾す」の使い方




「一人善く射れば百夫決拾す」の例文
- 一人善く射れば百夫決拾すとなり、主将の全力プレーに刺激されてチーム全員が練習に集中した。
- 合唱練習で一人が堂々と声を出すと、一人善く射れば百夫決拾すのように周囲の声も大きくなった。
- 地域清掃に最初に参加した人の姿を見て、一人善く射れば百夫決拾すとなり、多くの住民が加わった。
- 新人の熱心な提案が職場の空気を変え、一人善く射れば百夫決拾すの形で改善活動が進んだ。
- 兄が毎朝こつこつ勉強する姿を見て、弟たちも机に向かい、一人善く射れば百夫決拾すを実感した。
- 文化祭の準備で一人善く射れば百夫決拾すとなるよう、委員長はまず自分から面倒な仕事に取りかかった。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・『国語』。
・韋昭注『国語注』。























