【故事成語】
階を釈てて天に登る
【読み方】
かいをすてててんにのぼる
【意味】
はしごを置き去りにして天へ登ろうとするように、実現しようのないことのたとえ。


【英語】
・ask for the moon.(不可能に近いものを求める)
【類義語】
・木に縁りて魚を求む(きによりてうおをもとむ)
・畑に蛤(はたけにはまぐり)
「階を釈てて天に登る」の故事
この言葉は、中国古典の『楚辞(そじ)』に出てくる表現にもとづきます。『楚辞』は、戦国時代の楚の地方の韻文を集めた書物で、屈原(くつげん)や宋玉、景差、賈誼、東方朔らの作品を、漢の劉向が編集したものです。
もとになる一節は、『楚辞』中の『九章(きゅうしょう)』にあります。『九章』は「惜誦」以下九編をまとめた編名で、戦国時代の楚の屈原の作と伝えられますが、作者については慎重に扱われる部分もあります。
「惜誦」では、語り手が夢の中で天に登ろうとします。しかし、途中で進む手だてを失い、厲神(れいしん)に占わせる場面が出てきます。そこでは、主君を思っても頼り切ることはできず、多くの人の中傷によって孤立していることが語られます。
その流れの中に、「欲釋階而登天兮」という句が出てきます。これは、階を置いてしまって天に登ろうとする、という意味です。続く注では、「釋」は置くこと、「登」は上ることを表し、天に上ろうとする人が階を置いてしまえば、登る手だてがないと述べています。
ただし、原典の文脈では、単に「できないこと」を言っているだけではありません。主君に仕えようとする者が、忠信という大切なよりどころを捨ててしまえば、主君に思いを通す道も失われる、という意味が重ねられています。
このため、もとの表現には、はしごなしで天に登るという不可能な比喩と、目的を果たすために必要な筋道を捨ててはならないという戒めが含まれています。日本語の「階を釈てて天に登る」は、その比喩の部分が取り出され、不可能なこと、または必要な手段を欠いたまま無理なことをしようとするたとえとして用いられるようになりました。
「階を釈てて天に登る」の使い方




「階を釈てて天に登る」の例文
- 資料を一枚も読まずに歴史研究の結論を出そうとするのは、階を釈てて天に登るようなものだ。
- 材料も道具もないまま明日までに本格的な橋を作る計画は、階を釈てて天に登るに等しい。
- 練習をまったくせずに全国大会で優勝しようとするのは、階を釈てて天に登る話だ。
- 台本も役者も舞台も決まらないまま来週劇を上演するのは、階を釈てて天に登るような無理がある。
- 予算も土地も許可もないのに一か月で大きな図書館を建てるという案は、階を釈てて天に登るものだ。
- 基礎の計算を学ばずに難しい証明問題だけ解こうとする姿勢は、階を釈てて天に登ることに近い。
主な参考文献
・小川環樹・西田太一郎・赤塚忠・阿辻哲次・釜谷武志・木津祐子編『角川新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年。
・星川清孝著『新釈漢文大系34 楚辞』明治書院、1970年。
・劉向編『楚辞』。
・王逸注、洪興祖補注『楚辞補注』中華書局、1957年。























