【故事成語】
烏の頭の白くなる
【読み方】
からすのかしらのしろくなる
【意味】
ありえないこと、またはほとんど実現しないことのたとえ。


【英語】
・pigs might fly.(まず起こりそうにないこと)
【類義語】
・烏の頭白く馬角を生ず(からすのかしらしろくうまつのをしょうず)
・甲が舎利になる(こうがしゃりになる)
・百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)
「烏の頭の白くなる」の故事
「烏の頭の白くなる」は、中国の戦国時代、燕の太子丹が秦に人質となった話に由来します。烏の黒い頭が白くなることは、ふつうは起こりにくいため、ありえないことのたとえになりました。
この話は、前漢の司馬遷が著した『史記』(しき)と深く関わります。『史記』は、前91年ごろに完成したと考えられる中国最初の正史で、黄帝から前漢の武帝までを記した紀伝体の史書です。
『史記』の「刺客列伝」には、荊軻の話を語る世間の言い方として、「天雨粟、馬生角」とあります。これは、天から粟が降り、馬に角が生じたという意味で、司馬遷はそれを「太過」、つまり言い過ぎだと評しています。
この「馬に角が生える」という不可能に近い条件は、燕の太子丹の帰国をめぐる伝承と結びついています。後の注や関連する古書では、そこに「烏の頭が白くなる」という条件が加わり、「烏頭白、馬生角」という形で伝わりました。
『燕丹子』は、作者をはっきり定めにくい書物で、燕の太子丹に関する話を載せています。唐以前には知られていた書物と考えられ、のちに失われた後、諸書に残った文章などをもとに伝わった部分があります。
『燕丹子』巻上では、燕の太子丹が秦に人質としてとどめられ、秦王から礼をもって扱われなかったため、帰国を願ったとあります。秦王はその願いを聞き入れず、「令烏白頭、馬生角、乃可許耳」と言いました。
これは、烏の頭が白くなり、馬に角が生えたなら帰国を許そう、という意味です。秦王は、実現しない条件を出すことで、太子丹を帰すつもりがないことを示したのです。
ところが、この話では、太子丹が天を仰いで嘆くと、烏の頭が白くなり、馬に角が生えたと続きます。そのため、秦王はやむを得ず太子丹を帰したと伝えています。
後漢の王充が著した『論衡』(ろんこう)にも、燕の太子丹の伝承として、烏の頭が白くなり、馬に角が生えたという話が出てきます。『論衡』は、後漢の王充が著した思想書で、迷信や不合理な考え方を批判する内容を多く含みます。
『論衡』では、この伝承をそのまま信じる話としてではなく、世に伝わる不思議な話を吟味する文脈で扱っています。そのため、「烏の頭が白くなる」は、実際に起こった奇跡というより、ありえないことを表す強い比喩として受け取られるようになりました。
日本では、『平家物語』(鎌倉前期の軍記物語)巻五に、この故事をふまえた言い方が出てきます。そこには、始皇帝が「馬に角おひ、烏の頭の白くならん時」を待てという趣旨の言葉を述べる場面があり、すでに中世日本でこの故事が知られていたことが分かります。
この用例では、「馬に角が生えること」と「烏の頭が白くなること」が、いつまでも来ない時を表す条件として使われています。人の望みを退けるために、実現しない条件を持ち出すところが、現在の「ありえないこと」という意味につながっています。
「烏の頭の白くなる」は、この長い故事の中から、烏の頭が白くなるという一部分を取り出した表現です。現在では、実現しそうにない話、起こるはずがないほどまれなことを、やや古風に言い表す故事成語として用いられます。
「烏の頭の白くなる」の使い方




「烏の頭の白くなる」の例文
- 一晩で町中の時計が同じ時刻で止まるなど、烏の頭の白くなるような話だ。
- 何も努力せずに全国大会で優勝するなど、烏の頭の白くなるに近い望みだ。
- 社長が今日中に全社員の名前を一度で覚えるというのは、烏の頭の白くなるようなことだ。
- なくした鍵が風に乗って机の上へ戻るのを待つのは、烏の頭の白くなるのを待つようなものだ。
- 古い約束が突然すべてかなうなど、烏の頭の白くなるほどまれな出来事だ。
- 根拠のない幸運だけを頼みにする計画は、烏の頭の白くなる話として退けられた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・司馬遷『史記』前漢。
・撰者未詳『燕丹子』。
・王充『論衡』後漢。
・『平家物語』鎌倉前期。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























