【故事成語】
乙夜の覧
【読み方】
いつやのらん
【意味】
昔の中国で、天子が夜遅くに書物を読むこと。天子の読書をいう改まった表現。


【類義語】
・乙覧(いつらん)
「乙夜の覧」の故事
「乙夜(いつや)」は、昔の中国で一夜を五つに分けたうちの二番目の時間を指します。およそ午後九時から十一時ごろに当たり、「二更(にこう)」ともいいます。「乙夜の覧」は、この夜の時間に、天子が書物を読むという形から生まれた表現です。
もとになった話は、唐代の蘇鶚による『杜陽雑編(とようざっぺん)』に出てきます。この書物は三巻からなり、唐代の宮廷や皇帝に関する逸話を多く伝えるものです。
その中に、唐の文宗(ぶんそう)皇帝の読書についての話があります。文宗は唐の皇帝で、在位は八二六年から八四〇年です。『杜陽雑編』では、文宗が朝廷の務めを終えたあと、すぐに多くの書物を読んだことが記されています。
文宗は、道を外れた君主の記録を読むと嘆き、昔のすぐれた王たちの伝記を読むと喜んだと記されています。そして、そばにいる者たちに「若不甲夜視事,乙夜觀書,何以為人君耶?」と言いました。これは、甲夜には政務を見、乙夜には書物を読まなければ、どうして君主といえようか、という意味です。
この話で大切なのは、夜遅くまで起きていたということだけではありません。国を治める者は、昼や夕方に政務を行い、そのあとにも学びをおろそかにしない、という姿勢が示されています。そこから「乙夜に書を観る」という故事が、天子の読書を表す改まった言い方として受け止められるようになりました。
日本語では、「乙夜の覧」のほか、短く「乙覧」とも言います。「覧」は、ただ見るというより、身分の高い人が書物などを御覧になるという敬った響きをもつ字です。江戸時代中期の『鳩巣先生文集』(一七六三〜一七六四年)にも「乙覧」の用例があり、上に差し出す書物を読みやすくするという文脈で使われています。
このように「乙夜の覧」は、一般の人が夜に読書することを広くいう言葉ではなく、天子・皇帝の読書をいう格式の高い故事成語です。現在も、君主や為政者が政務のあとに学問へ向かう姿を述べるときに、古典的な表現として用いられます。
「乙夜の覧」の使い方




「乙夜の覧」の例文
- 唐の文宗皇帝の読書を説明する場面で、乙夜の覧という故事成語を取り上げた。
- 王が政務のあとに書物を読む姿を、乙夜の覧になぞらえた。
- 歴史の発表で、乙夜の覧は君主が学問を重んじたことを示す言葉として紹介された。
- 天子の読書をいう改まった表現として、乙夜の覧が用いられる。
- 古典の注釈では、乙夜の覧が夜に学ぶ君主の姿を表している。
- この文章は、国を治める者の学びを乙夜の覧という故事成語でたたえている。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・室鳩巣『鳩巣先生文集』1763〜1764年。
・蘇鶚撰『杜陽雑編』唐代。























