【ことわざ】
牛の小便と親の意見は長くても効かぬ
【読み方】
うしのしょうべんとおやのいけんはながくてもきかぬ
【意味】
牛の小便は長くて、肥料としての効き目が少ないように、親の意見も長いばかりでは子に届きにくく、効果が少ないことのたとえ。


【英語】
・be like talking to a brick wall(壁に話しかけるように、相手が聞いてくれないこと)
【類義語】
・馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
・牛に経文(うしにきょうもん)
・糠に釘(ぬかにくぎ)
・豆腐に鎹(とうふにかすがい)
【対義語】
・親の意見と冷や酒は後で利く(おやのいけんとひやざけはあとできく)
「牛の小便と親の意見は長くても効かぬ」の語源・由来
「牛の小便と親の意見は長くても効かぬ」は、牛の小便がだらだらと長く続くという見立てと、親の長い意見が子どもには届きにくいという見方を重ねたことわざです。牛の小便は「だらだらと長く続く」ものとしてとらえられ、「牛の小便」「牛の小便十町」などの言い方も同じまとまりに置かれています。
このことわざでいう「親の意見」の「意見」は、ただの考えや感想ではなく、思うところを述べていさめること、つまり忠告や説教を指します。親が子を思って言い聞かせる言葉ではありますが、このことわざでは、その長さがかえって効き目を弱めるという面を皮肉っています。
形としては、前半に「牛の小便」、後半に「親の意見」を置き、二つを「長くても効かぬ」で結んでいます。牛の小便は長いばかりで肥料としての効き目が少なく、親の説諭も長いばかりでは効果がない、という意味です。
この言い方の土台には、牛を身近な家畜として見ていた暮らしがあります。牛は農耕や運搬にかかわる大切な動物であり、その体の特徴や動作は、さまざまなことわざの材料になりました。牛に関することわざには、角、鼻、涎、尾、小便、糞、歩みなど、細かな観察にもとづくものが多くあります。
「牛の小便」は、その中でも「だらだらと長く続く」ことを表す材料として使われています。牛の尿は馬より量が多いとする説明もあり、生活の中で牛の排泄の長さや多さが強く印象に残ったことが、この比喩の背景にあります。
ただし、このことわざは、親の意見そのものをすべて無価値だと言うものではありません。親の言葉については、「親の諌めと牛の鞅は外れそうで外れぬ」「年寄りの言うことと牛の鞅は外れたことがない」のように、年長者の言葉を大切にする別のことわざもあります。
そのため、「牛の小便と親の意見は長くても効かぬ」は、親の忠告を否定するよりも、長くくどくどと言うだけでは相手に伝わらない、という教訓として読むのが穏当です。言葉は長さではなく、相手が受け止められる形で届くことが大切だという考えにつながります。
現在では、親子の場面に限らず、長い注意や説明が相手に少しも効かない場合にも使うことがあります。けれども、もとの表現には親子関係の皮肉が強く含まれるため、相手をからかいすぎないように、場面を選んで用いることが大切です。
「牛の小便と親の意見は長くても効かぬ」の使い方




「牛の小便と親の意見は長くても効かぬ」の例文
- 父の説教は長かったが、弟には少しも響かず、牛の小便と親の意見は長くても効かぬという様子だった。
- 母が毎晩同じ注意を繰り返しても兄は聞き流し、牛の小便と親の意見は長くても効かぬと感じた。
- 長々と叱るより短く要点を伝えないと、牛の小便と親の意見は長くても効かぬになってしまう。
- 部活動の後輩に注意をするとき、牛の小便と親の意見は長くても効かぬにならないよう、言葉をしぼった。
- 祖父は、くどい小言は牛の小便と親の意見は長くても効かぬだと言って、必要なことだけを話した。
- 子どもに大切なことを伝えるなら、牛の小便と親の意見は長くても効かぬを忘れず、短く分かりやすく言うべきだ。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・馬場俊臣「『牛』に関することわざ:牛の何をどう捉えてきたか」『札幌国語研究』第15号、北海道教育大学国語国文学会・札幌。
・佐草一優『ウソ・ホント?動物ことわざ事典』ビジネス社、1995年。
・津田恒之『牛と日本人―牛の文化史の試み―』東北大学出版会、2001年。























