【ことわざ】
売られた喧嘩は買わねばならぬ
【読み方】
うられたけんかはかわねばならぬ
【意味】
自分に害が及びそうなときは、黙って受けるのではなく、身を守るために対抗しなければならないというたとえ。


【英語】
・take up a challenge(挑戦を受けて立つ)
【類義語】
・降り掛かる火の粉は払わねばならぬ(ふりかかるひのこははらわねばならぬ)
「売られた喧嘩は買わねばならぬ」の語源・由来
「売られた喧嘩は買わねばならぬ」は、品物の取り引きを表す「売る」と「買う」を、争いを仕掛ける側と、それに応じる側との関係に置き換えたことわざです。相手が喧嘩を差し出し、それを受ける者が買い取るかのように表しています。
「喧嘩を売る」は、他人に争いを仕掛けることです。それに対して、「喧嘩を買う」は、仕掛けられた喧嘩の相手をすることを指します。
ここでの「買う」は、代金を払って品物を手に入れるという本来の意味ではありません。「一役買う」などと同じく、ある物事を進んで引き受けるという意味で使われています。
争いを「売る」「買う」という取り引きにたとえる発想は、江戸時代前期の言葉にも現れています。山岡元隣の仮名草子『他我身のうへ』(1657年・江戸時代前期)には、「売言葉に買言葉」という形が出てきます。
この古い用例は、相手が投げかけた乱暴な言葉に、こちらも乱暴な言葉で言い返すことを表します。品物を売る者と買う者のように、挑発する言葉と、それに応じる言葉とを一組にした表現です。
「喧嘩を買う」という言い方も、江戸時代前期には使われていました。浅井了意の仮名草子『東海道名所記(とうかいどうめいしょき)』(1659年ごろ成立、江戸時代前期)には、「けんくゎを買に来れるやっこもあり」という用例があります。
この用例での「喧嘩を買う」は、他人の喧嘩に進んで関わり、その争いを引き受けるという意味です。現在のように、相手から直接仕掛けられた喧嘩に応じるという意味とは、少し異なっています。
現在の意味に直接つながる用例は、久保田万太郎の短編小説『末枯(うらがれ)』(大正6年、1917年)に出てきます。そこには「兄弟子に喧嘩をうられ」とあり、さらに「自分はただうられた喧嘩を買ったまでのこと」とあります。
この作品では、「売る」は相手から争いを仕掛けること、「買う」は仕掛けられた争いに応じることを表しており、二つの言葉が現在と同じ関係で用いられています。
こうした「売られた喧嘩を買う」という言い回しに、「そうしなければならない」という意味の「ねばならぬ」が加わり、「売られた喧嘩は買わねばならぬ」という教訓的な形になりました。「ならぬ」は、「ならない」の古風な言い方です。
言葉どおりには、仕掛けられた喧嘩から逃げずに応じることを表します。しかし、ことわざとしての意味は、むやみに争いを始めたり、どのような挑発にも乗ったりすることを勧めるものではありません。自分に危害が及びそうなときには、必要な手段を取って身を守るべきだと説いています。
そのため、実際の殴り合いだけでなく、不当な非難、権利の侵害、仕事上の攻撃などに対して、黙っていれば大きな損害を受ける場面にも使われます。「降り掛かる火の粉は払わねばならぬ」と同じく、望んで始めた争いではなくても、避けられない危険には対処しなければならないという教えです。
「売られた喧嘩は買わねばならぬ」の使い方




「売られた喧嘩は買わねばならぬ」の例文
- 不正をしたという根拠のない非難に対し、校長は売られた喧嘩は買わねばならぬと、事実を公表する決意をした。
- 会社の信用を傷つける虚偽の情報が広まったため、社長は売られた喧嘩は買わねばならぬと反論した。
- 相手チームから規則違反を疑われ、監督は売られた喧嘩は買わねばならぬと試合記録を提出した。
- 店への悪質な嫌がらせが続き、父は売られた喧嘩は買わねばならぬと専門家に相談した。
- 住民の権利が不当に侵されようとしたため、町内会は売られた喧嘩は買わねばならぬと声を上げた。
- 売られた喧嘩は買わねばならぬとは、無用な争いを好むことではなく、迫る危害から身を守ることをいう。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・高野フミ・板橋好枝ほか著『小学館 プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・山岡元隣『他我身のうへ』1657年。
・浅井了意『東海道名所記』1659年ごろ成立。
・久保田万太郎『末枯』1917年。























