【ことわざ】
貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる
【読み方】
かしたものはわすれぬがかりたものはわすれる
【意味】
人に貸した物はいつまでも覚えているのに、人から借りた物はつい忘れてしまうということ。人間の身勝手で、自分に都合よく物事を捉えがちな性質のたとえ。


【英語】
・Lenders have better memories than borrowers.(貸し手は借り手より記憶がよい)
【類義語】
・貸し物覚えの借り物忘れ(かしものおぼえのかりものわすれ)
「貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる」の語源・由来
「貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる」は、物の貸し借りをめぐる日常の経験から生まれたことわざです。特定の人物や出来事をもとにしたものではなく、貸した側と借りた側との心の違いを、対照的な二つの文で表しています。
「貸す」は、自分の物を、ある期間だけ他人に使わせることです。それに対して「借りる」は、あとで返す約束をして、他人の物を一時的に使うことを指します。
つまり、貸すことと借りることは、一つの出来事を反対の立場から表したものです。貸した人にとって、その品物は自分の手元からなくなっているため、返されるまでは気にかかります。一方、借りた人はすでに必要を満たしているため、返すことへの注意が薄れやすいという人情を捉えています。
前半の「忘れぬ」は「忘れない」という意味で、「ぬ」は打ち消しを表します。後半を同じ「忘れる」で受けることによって、貸した側は覚えているのに、借りた側は忘れるという不釣り合いが、短い言葉の中にはっきりと示されています。
「貸物(かしもの)」という言葉は、古くから、人に貸し与える品物を指して使われてきました。『寛永刊本蒙求抄(もうぎゅうしょう)』(1529年ごろ成立、室町時代後期)には「借し物」が、『智恵鑑』(1660年・江戸時代前期、辻原元甫著)には「かし物」が出てきます。
一方、「借物(かりもの)」も、中世から使われてきた言葉です。『名語記』(1275年・鎌倉時代)には、他人から借りた金銭や品物を表す例があり、『米沢本沙石集』(1283年・鎌倉時代、無住一円著)にも、物を借りることを表す「借物」が出てきます。
これらは、ことわざそのものの用例ではありませんが、「貸物」と「借物」という対になる言葉が、古くから暮らしの中で使われていたことを示します。人と人との間で品物を貸し借りし、返却を待ったり、忘れたりする経験が、このことわざの土台にあります。
「忘れる」には、ある事柄を思い出せなくなるという意味だけでなく、すべきことをうっかり行わないままにするという意味もあります。『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』(1221年ごろ成立・鎌倉時代前期)にも、閉めるべき戸をそのままにしてしまったことを「わすれて」と表す例があります。
そのため、このことわざの「借りたものは忘れる」には、借りた事実を思い出さないことだけでなく、返すべき物を返さないままにすることも含まれます。単なる記憶違いではなく、自分に都合の悪い責任を軽く扱いがちな態度を皮肉っているのです。
同じ意味を表す別の形として、「貸し物覚えの借り物忘れ」があります。「貸し物覚え」と「借り物忘れ」という名詞の形を並べたもので、貸した物は覚えている一方、借りた物は忘れるという対照を、さらに短くまとめています。
日本には、貸し借りをめぐる人情を表すことわざが、ほかにもあります。「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」は、借りるときには穏やかな顔をしながら、返すときには険しい顔をすることを表します。また、「貸借は他人」は、親しい間柄でも貸し借りが生じると、冷たい関係になりやすいことを戒めます。
英語にも、「Lenders have better memories than borrowers.」ということわざがあります。F・エドワード・ハルムの『Proverb Lore』(1902年、イギリス)に収められており、貸した人はよく覚えているが、借りた人は忘れやすいという、よく似た人間観を表しています。
このように、「貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる」は、貸し借りそのものを禁じる言葉ではありません。自分が与えたものばかりを覚え、受けた恩や返すべきものを忘れていないかと問いかけ、相手への責任と感謝を忘れないよう戒めることわざです。
「貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる」の使い方




「貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる」の例文
- 貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるというから、借りた本の返却日は必ず手帳に記しておく。
- 兄は自分が貸したゲームには細かいのに、妹から借りた文房具を返さず、貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるを地で行っていた。
- 貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるとはよく言ったもので、彼は貸した傘のことを何度も尋ねながら、自分が借りた傘には気付かなかった。
- 祖母は、貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるにならないよう、借りた品は用が済み次第返すよう孫に教えた。
- 職場で備品の返却が遅れるたび、部長は貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるという人の身勝手さを戒めた。
- 貸した物は忘れぬが借りたものは忘れるという態度では信用を失うため、金銭や道具の貸し借りには記録を残すべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・清海節子「日本語のことわざに於ける反義語の性質」『駿河台大学論叢』第43号、2011年。
・F・エドワード・ハルム『Proverb Lore: Many Sayings, Wise or Otherwise, on Many Subjects, Gleaned from Many Sources』Elliot Stock,1902.























