【ことわざ】
有りての厭い、亡くての偲び
【読み方】
ありてのいとい、なくてのしのび
【意味】
生きている間は欠点や過去のいきさつからうとましく思った人を、亡くなった後には、よいところや人柄を懐かしく思い出すこと。


【英語】
・You don’t know what you’ve got till it’s gone.(失ってから大切さに気づく)
【類義語】
・有っての厭い、亡くての偲び(あってのいとい、なくてのしのび)
「有りての厭い、亡くての偲び」の語源・由来
このことわざは、誰かが生きている間には、その人の欠点やわずらわしさが目につき、亡くなってからは、よいところや人柄をしみじみと思い出すという、人の心の動きを表します。言い方の骨組みは、「有りて」と「亡くて」、「厭い」と「偲び」を対にしたところにあります。「厭う」は、いやだと思って避ける、うとましく思うという意味をもち、「偲ぶ」は、過去のことや離れている人を懐かしく思い慕うことを表します。
この発想に近い古い表現として、「有のすさび」があります。「有のすさび」は、生きている状態に慣れてなんとも思わないこと、あるにまかせて過ごすことを表します。『古今和歌六帖』(976〜987年ごろ)五には、生きている間は親しく語らわず、別れてから恋しいものだと知る、という内容の歌が出てきます。身近にあるうちは大切さに気づきにくく、離れてから恋しさを知るという点で、後のことわざの考え方と重なります。
『源氏物語』(平安時代中期、紫式部作)の「桐壺」にも、この心情に通じる場面があります。桐壺更衣が亡くなった後、それまで帝の寵愛を受ける彼女を快く思わなかった人々が、今になってその姿や心ばせのよさを思い出し、女房たちも「恋ひ忍びあへり」と語られます。続いて「なくてぞとは、かゝる折にやと見えたり」とあり、亡くなってから人を恋しく思うとは、まさにこのような時のことだ、という流れになっています。
この「なくてぞ」に関わる古い注釈として、『源氏釈』(1175年ごろ)には、「ある時はありのすさみににくかりきなくてぞ人は恋しかりける」という歌が示されています。生きている時は、そこにいることに慣れて憎らしく思ったが、いなくなってからは恋しく思われる、という意味です。この形では、「有のすさみ」という語を通して、生前の慣れと死後の追慕がいっそうはっきり結びついています。
江戸時代前期の俳書『毛吹草』(正保2年・1645年、松江重頼編)は、俳諧の作法や語彙を集めた書物で、巻二に俚諺も収めています。そこには「アリテノ厭ヒ亡クテノ偲ビ」という形が出てきます。古歌や物語の中で表されていた「生きている間は軽んじ、失ってから恋しく思う」という心情が、この段階では、短く覚えやすい対句のことわざとしてまとまっていたといえます。
現在の「有りての厭い、亡くての偲び」は、単に故人を懐かしむだけの言葉ではありません。生きている間は欠点や過去のいきさつばかりを見てしまい、亡くなってからその人のよさを思い出すという、人間の弱さも含んだことわざです。そのため、亡くなった人をしのぶ場面だけでなく、生きているうちに相手のよさを見落とさないようにする戒めとしても読むことができます。
「有りての厭い、亡くての偲び」の使い方




「有りての厭い、亡くての偲び」の例文
- 祖父が生きていたころは口うるさいと思っていたが、亡くなってから毎朝の励ましを思い出し、有りての厭い、亡くての偲びを実感した。
- 厳しかった先生の言葉が卒業後に身にしみ、有りての厭い、亡くての偲びというものだと感じた。
- 母の小言をうるさがっていた兄は、母を失ってから、有りての厭い、亡くての偲びの思いに沈んだ。
- 近所の人は、生前には偏屈だと言われた老人の親切を思い出し、有りての厭い、亡くての偲びだと語り合った。
- 職場では厳しい上司を苦手にする者も多かったが、退職後にその面倒見のよさが語られ、有りての厭い、亡くての偲びとなった。
- 有りての厭い、亡くての偲びにならないよう、家族がそばにいるうちに感謝を言葉にしたい。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・紫式部『源氏物語』11世紀初めごろ。
・藤原伊行『源氏釈』1175年ごろ。
・『古今和歌六帖』976〜987年ごろ。
・松江重頼編、新村出校閲、竹内若校訂『毛吹草』岩波書店、1943年。























