【故事成語】
塵も積もれば山となる
【読み方】
ちりもつもればやまとなる
【意味】
ごくわずかなものでも、数多く積み重なれば大きなものになるというたとえ。小さな努力を続ければ、やがて大きな成果が得られることも表す。


【英語】
・Many a little makes a mickle.(少しでも度重なれば大量になる)
【類義語】
・雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
・涓滴岩を穿つ(けんてきいわをうがつ)
【対義語】
・焼け石に水(やけいしにみず)
「塵も積もれば山となる」の語源・由来
「塵も積もれば山となる」は、ほんの小さなものでも、積み重なると動かしがたいほど大きなものになる、という考えから生まれた表現です。ここでいう「塵」は、日常のごみというより、「微塵(みじん)」と同じく、ごく小さなものを指します。
もとになった言い方は、仏教の論書『大智度論(だいちどろん)』にあります。『大智度論』は全百巻の大きな書物で、龍樹によるものと伝わり、後秦の鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢訳したものです。
『大智度論』巻九十四には、「譬如積微塵成山難可得移動」という一節があります。これは、微細な塵を積んで山を作ると、あとから動かすことが難しくなる、というたとえです。
この一節は、もともとよい努力の積み重ねだけをほめる言葉ではありません。少しの怒りや欲望、悪い行いでも、くり返して積み重なると、そこから抜け出すことが難しくなる、という戒めの文脈で使われています。
日本でも、古くから近い発想が知られていました。『古今和歌集』(905年ごろ成立)の仮名序には、高い山もふもとの塵や泥から成り立つ、という趣旨の表現があり、小さな始まりが長い時間を経て大きなものへ育つという考えが述べられています。
また、現在の表現に近い古い形として、「塵積もりて山となる」があります。謡曲『山姥(やまんば)』(1430年ごろ)には、「妄執の雲の、塵積もって、山姥となれる、鬼女が有様」という用例があり、ここでは心の迷いや執着が重なって、恐ろしい姿を生むという文脈で使われています。
この段階では、「塵が積もる」という言い方は、よい成果だけでなく、よくない心や行いが積み重なることにも使われていました。小さなものが重なれば大きくなる、という中心の考えは同じですが、場面によって戒めにも励ましにもなる表現だったといえます。
江戸時代には、現在の「塵も積もれば山となる」という形が広く使われるようになりました。江戸いろはかるたにも取り入れられ、短く覚えやすい教えとして、日常の中で親しまれる表現になっていきます。
近代に入ると、この表現は貯蓄や倹約をすすめる言葉としてもよく使われました。西岡英夫『立身と繁昌』(1906年)には、わずかな金銭でも積めば大きいものになる、という文脈で「塵も積もれば山となる」が出てきます。
このように、「塵も積もれば山となる」は、仏教の戒めに根をもち、日本では古典の発想や芸能の用例を通じて受け継がれ、やがて日々の努力や節約を励ます言葉として広まりました。現在では、よい積み重ねにも悪い積み重ねにも使える、たいへん身近な故事成語になっています。
「塵も積もれば山となる」の使い方




「塵も積もれば山となる」の例文
- 毎日十円ずつ貯金しても、一年続ければ大きな額になるので、塵も積もれば山となるを実感した。
- 一日五分の読書でも、塵も積もれば山となるで、数か月後には多くの本を読み終えた。
- 小さな親切を続けることは、塵も積もれば山となるように、やがて人との信頼を深める。
- 工場では、わずかな確認不足も塵も積もれば山となるため、毎日の点検を大切にしている。
- 練習ノートに一行ずつ反省を書き続けた結果、塵も積もれば山となるのとおり、試合で落ち着いて動けるようになった。
- 家庭での節電も、塵も積もれば山となると考え、使わない部屋の明かりをこまめに消した。
主な参考文献
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・龍樹菩薩造、後秦鳩摩羅什訳『大智度論』大正新脩大蔵経第25巻所収。
・紀友則ほか撰『古今和歌集』905年ごろ。
・世阿弥作とされる『山姥』1430年ごろ。























