【故事成語】
糧を捨てて船を沈む
【読み方】
かてをすててふねをしずむ
【意味】
生きて帰らないほどの覚悟を決め、決死の気持ちで戦いに臨むことのたとえ。


【英語】
・burn one’s boats.(退く道を断って、ある行動に身を投じる)
【類義語】
・破釜沈船(はふちんせん)
・背水の陣(はいすいのじん)
・釜を破り船を沈む(かまをやぶりふねをしずむ)
【対義語】
・退く(しりぞく)
「糧を捨てて船を沈む」の故事
「糧を捨てて船を沈む」は、中国の古い歴史書『史記』(前漢、紀元前1世紀ごろ、司馬遷撰)に伝わる、楚の武将項羽の故事にもとづく故事成語です。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までを扱う中国の代表的な通史で、本紀・表・書・世家・列伝から成る全百三十巻の書物です。
項羽は、中国秦末の武将で、名は籍、羽は字です。叔父の項梁とともに兵を挙げ、のちに劉邦と天下を争った人物として知られます。
この故事の舞台は、秦末の鉅鹿です。鉅鹿は中国秦代に置かれた郡・県の名で、項羽が秦の軍勢に大勝した地として知られます。
『史記』「項羽本紀」には、項羽が兵を率いて川を渡ったあと、「皆沈船,破釜甑,燒廬舍,持三日糧」とあります。船をすべて沈め、釜や甑を壊し、宿舎を焼き、三日分の食糧だけを持ったという内容です。
ここでいう「甑」は、米などを蒸すための器具です。船を沈めることは退く道をなくすことであり、釜や甑を壊すことは、長くとどまって食事を作る余地をなくすことを意味します。
さらに『史記』には、「以示士卒必死,無一還心」と続きます。これは、兵士たちに必死の覚悟を示し、ひとりも帰ろうという心を持たせないためであった、という意味です。
その後、項羽の軍は秦軍と何度も戦い、敵の通路を断ち、大いに破りました。『史記』には、項羽の楚軍が諸侯の軍勢の中で抜きん出た存在となり、諸侯の将たちが項羽を恐れて仰ぎ見ることもできなかった様子が記されています。
この故事から生まれた代表的な言い方に、「破釜沈船」や中国語の「破釜沉舟」があります。釜を壊し、船を沈めるという同じ場面から、戦いに臨んで退路を断ち、とことんまでやる覚悟を示す意味で使われます。
「糧を捨てて船を沈む」は、その故事の中でも、食糧と船という生き延びるために大切なものを自ら捨てる点に目を向けた言い方です。食糧は命をつなぐもの、船は引き返すための手段であり、その二つを失うことは、もう後戻りしない決意を表します。
日本語では、『太平記』(14世紀後半成立、南北朝時代の軍記物語)巻九に、「粮(カテ)を捨て舟を沈る謀をこそ致さるべきに」という古い用例があります。ここでは、項羽の故事をふまえ、退路を断つほどの策を取るべきだという文脈で用いられています。
この表現は、単に無茶をすることを勧める言葉ではありません。もう引き返せない状況を自ら作ることで、迷いや甘えを断ち、全力を尽くす覚悟を表すところに意味の芯があります。
現在の「糧を捨てて船を沈む」は、命がけの戦いだけでなく、大事な勝負に臨む強い決意を表すときにも使われます。項羽が兵に示した「帰る道はない」という覚悟が、後世に、退路を断って事に当たるたとえとして受け継がれたのです。
「糧を捨てて船を沈む」の使い方




「糧を捨てて船を沈む」の例文
- 決勝戦に向けて退路を断つように練習へ打ち込む姿は、糧を捨てて船を沈む覚悟そのものだった。
- 社運をかけた新事業に、社長は糧を捨てて船を沈む思いで臨んだ。
- 受験まで残り半年となり、彼は糧を捨てて船を沈む気持ちで勉強に集中した。
- その作戦は、失敗すれば戻れない、まさに糧を捨てて船を沈むような決断だった。
- 代表選手たちは、糧を捨てて船を沈む覚悟で強豪校との試合に挑んだ。
- 大きな夢をかなえるには、時に糧を捨てて船を沈むほどの決意が必要になる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館『中日辞典 第3版』小学館、2016年。
・司馬遷『史記』前漢、紀元前1世紀ごろ。
・『太平記』14世紀後半成立。























