【故事成語】
褐を被て玉を懐く
【読み方】
かつをきてたまをいだく
【意味】
すぐれた才能や徳を持ちながら、それを表に出さず、粗末な外見の内に秘めていることのたとえ。


【英語】
・hide one’s light under a bushel.(自分の才能や長所を人に知らせずに隠す)
【類義語】
・被褐懐玉(ひかつかいぎょく)
・能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす)
・大智は愚の如し(たいちはぐのごとし)
【対義語】
・羊質虎皮(ようしつこひ)
「褐を被て玉を懐く」の故事
「褐を被て玉を懐く」は、中国の思想書『老子』第七十章に出てくる「被褐懷玉」にもとづく故事成語です。「褐」は粗い布で作った粗末な衣服を指し、「玉」は貴いもの、ここでは内に秘めた徳や才能をたとえるものです。
『老子』は『道徳経』とも呼ばれ、八十一章から成る道家思想の書です。前3世紀以後に編集された箴言(しんげん:教えを短く述べた言葉)集とされ、老子という人物の伝承とも結びついてきました。
第七十章では、老子の言葉はとても知りやすく、行いやすいものだと語られます。けれども、世の中にはそれをよく知り、よく行う者がいないと述べています。
そこには、「吾言甚易知,甚易行。天下莫能知,莫能行」とあります。これは、「私の言葉はたいへん分かりやすく、たいへん行いやすいのに、世の中にはそれを分かり、行う者がいない」という意味です。
続いて、『老子』は、自分の言葉には根本があり、行いには中心となる道理があると述べます。人々がその根本を知らないために、老子の言葉そのものも理解できない、という流れで話が進みます。
第七十章の最後に、「知我者希,則我者貴。是以聖人被褐懷玉」とあります。これは、「私を知る者は少ない。だからこそ私は貴い。そこで聖人は粗末な衣をまとい、玉を懐に持つ」という意味に読めます。
ここでいう「聖人」は、外見を飾って自分の立派さを示す人ではありません。粗末な衣服を着ていても、内には玉のような徳をたたえている人として描かれています。
「被褐」は、粗末な衣を着ることを表します。古い注釈を含む漢籍の受け止め方でも、「褐を被て玉を懐く」という形は、外に飾りを求めず、内に貴いものを保つ姿を表す言い方として理解されてきました。
この故事成語の大切な点は、単に「貧しい身なりをしている」ということではありません。粗末な外見と、内に秘めた玉との対比によって、人の本当の価値は外からすぐに分かるとは限らない、という考えを示しています。
のちにこの表現は、「被褐懐玉」という四字の形でも用いられるようになりました。見かけは粗末でも、内には立派な徳を備えていること、また、すぐれた才能をむやみに表に出さないことを表します。
似た考えに、「能ある鷹は爪を隠す」があります。どちらも、本当に力のある人は、むやみにその力を見せびらかさないという点で通じ合います。
現在の「褐を被て玉を懐く」は、人の外見や態度の地味さに惑わされず、その内にある才能や徳を見ようとするときに使う故事成語です。表面の華やかさよりも、内に備えた本当の価値を重んじる言葉です。
「褐を被て玉を懐く」の使い方




「褐を被て玉を懐く」の例文
- 古びた作業着の職人は、誰よりも正確な技を持つ、まさに褐を被て玉を懐く人だった。
- 目立たない同級生が難しい問題をすらすら解き、褐を被て玉を懐くとはこのことだと思った。
- 祖母はふだん多くを語らないが、深い知恵を持つ褐を被て玉を懐くような人だ。
- 派手な宣伝をしないその店には、褐を被て玉を懐くような確かな味がある。
- 彼は自分の才能を誇らないが、作品を見れば褐を被て玉を懐く人物だと分かる。
- 外見だけで人を軽く見てはいけない、褐を被て玉を懐く場合もある。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『百科事典マイペディア』平凡社、2010年。
・『老子』前3世紀以後の編集。























