【ことわざ】
朝神主夕坊主
【読み方】
あさかんぬしゆうぼうず
【意味】
朝に神主に会い、夕方に坊主に会うのは、縁起がよいことのたとえ。


【英語】
・a lucky omen(縁起のよい前触れ)
・an auspicious encounter(縁起のよい出会い)
・a good sign from morning till night(朝から晩までよい兆しがあること)
【類義語】
・朝乞食夕坊主(あさこじきゆうぼうず)
・朝女朝坊主(あさおんなあさぼうず)
・朝観音に夕薬師(あさかんのんにゆうやくし)
【対義語】
・朝山伏に夕坊主(あさやまぶしにゆうぼうず)
・朝坊主(あさぼうず)
「朝神主夕坊主」の語源・由来
このことわざは、ひとつの有名な事件や人物の話から生まれたものではありません。毎日の出会いを吉か凶かに結びつける、昔の俗信の中で育ったことわざです。
昔の暮らしでは、朝いちばんにだれに会ったか、道でどんな人を見かけたかを、その日の運の前触れとして受け取ることがありました。出会いそのものを占いの材料にする考え方が、人びとのあいだに広くありました。
その流れを知る手がかりとして、「朝坊主」という言い方があります。僧侶は葬送にかかわる存在として受け取られやすかったため、朝に坊主に会うのは不吉だとする考えがありました。
ただし、この種の俗信は一つの決まりだけで動いていたわけではありません。逆に「朝坊主は縁起良し」「朝坊主丸儲け」と言ったり、商家では「朝女朝坊主」を縁起がよいと言ったりする言い方も伝わっています。
そうした言い回しの中で、「朝神主夕坊主」は、朝には神主、夕べには坊主という組み合わせを吉とした言葉です。朝に会う相手を神主に替えることで、朝坊主の不吉さを避け、朝夕ともめでたい出会いとして言い表したと考えると、意味が分かりやすくなります。
このことわざと並べて語られるものに、「朝山伏に夕坊主」という反対の向きの言い方もあります。よい組み合わせと悪い組み合わせを対にして覚えることで、ことばとしての印象がいっそう強くなったのでしょう。
また、朝と夕、神仏にかかわるものを組にして言う形そのものは、昔から親しまれていました。たとえば「朝観音に夕薬師」は、江戸時代の信仰を表す言い方で、1702年(元禄15年・江戸時代中期)の俳諧集『宇陀法師』にもその形が出てきます。
このことからも、朝と夕を対にし、信仰の対象や出会いを並べて、吉凶やめでたさを言い表すことばの型が、近世にはよくなじんでいたことが分かります。「朝神主夕坊主」も、そのようなことばの流れの中で広まったと考えられます。
一方で、このことわざそのものについては、ひとつの原典だけにさかのぼって成り立ちを説明しにくい面があります。もともと民間の口伝えで広まりやすい俗信のことばなので、特定の一冊や一人を出発点とするより、暮らしの中の言い習わしとして受け止めるほうが無理のない見方です。
今では、神主や坊主に実際に会ったかどうかで運勢を判断する人は多くありません。それでも、「今日は朝から晩まで縁起がよい」「よいめぐり合わせが重なった」という気分を、昔風のことばでやわらかく表す表現として、このことわざは今も理解しやすい一語です。
「朝神主夕坊主」の使い方




「朝神主夕坊主」の例文
- 朝に神主、夕べに坊主と出会った祖父は、今日は朝神主夕坊主だと言って笑った。
- 祭の手伝いに出た母は、朝神主夕坊主のような日で、気持ちよく働けたと話した。
- 旅先で神主と僧に会った友人は、まるで朝神主夕坊主だと縁起のよさを喜んだ。
- 店を開けた主人は、朝神主夕坊主を思わせる出会いが続いたので、今日は繁盛しそうだと感じた。
- 祝いの日にめでたいことが重なると、朝神主夕坊主ということばが自然に浮かぶ。
- 朝から晩までよいめぐり合わせが続いたその一日を、祖母は朝神主夕坊主と呼んだ。























