【故事成語】
斧の柄朽つ
【読み方】
おののえくつ
【意味】
何かに心を奪われているうちに、わずかな時間と思っていたものが、思いがけず長い年月になってしまうことのたとえ。


【英語】
・Time flies when you’re having fun(楽しいことに夢中になっていると、時間は飛ぶように過ぎる)
【類義語】
・爛柯(らんか)
「斧の柄朽つ」の故事
「斧の柄朽つ」は、中国の怪異説話集『述異記(じゅついき)』巻上に載る「爛柯(らんか)」の物語から生まれました。現存する二巻本は、南朝梁の任昉の名で伝わりますが、任昉の没後の事柄も含むため、後の時代に集められた部分があると考えられています。
中国の晋の時代、王質(おうしつ)という木こりが、信安郡の石室山へ木を切りに入りました。山中で、数人の童子が碁を打ちながら歌っているのを見つけた王質は、斧をそばに置き、その様子に見入ります。
童子は王質に、棗(なつめ)の種に似た食べ物を与えました。それを口にすると空腹を覚えなくなったため、王質は立ち去ることも忘れ、碁を眺め続けます。やがて童子から帰るように言われ、斧を見たところ、木でできた柄はすっかり腐り果てていました。
王質が村へ戻ると、かつて知っていた人は一人も残っていませんでした。山中ではわずかな時間しか過ごしていないつもりでしたが、人の世では長い年月が流れていたのです。
「爛柯」の「柯」は斧の柄を、「爛」は腐ってぼろぼろになることを表します。そのため、斧の柄が腐るという物語の中心場面が「爛柯」という二字に縮められ、囲碁の別称や、物事に夢中になって時間の経過を忘れることを表す言葉になりました。
日本では、まず『経国集(けいこくしゅう)』(827年・平安時代前期、滋野貞主・良岑安世・菅原清公ら編)の漢詩に、「爛柯」が使われました。日本の詩文における「爛柯」の古い例であり、王質の故事が、平安時代初期にはすでに知られていたことを示しています。
「斧の柄が朽ちる」という形も、『東大寺諷誦文稿(とうだいじふじゅもんこう)』(9世紀初め・平安時代前期)に、「豈に法の庭に斧柄(ヲノノエ)朽(くち)不(ざ)らめや」と出てきます。「斧の柄が朽ちるほど長い時間を過ごす」という故事のイメージが、日本語の表現として早くから取り入れられていたことが分かります。
『古今和歌集(こきんわかしゅう)』(905〜914年・平安時代前期、紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑撰)には、紀友則の「ふるさとはみしごともあらずおののえのくちし所ぞこひしかりける」という歌があります。友則が筑紫にいたころ、たびたび通って碁を打った相手へ、京に戻ってから贈った歌です。
この歌では、王質のように時を忘れて碁を打った筑紫の地を「斧の柄の朽ちし所」と表し、懐かしんでいます。中国の故事がそのまま引用されるだけでなく、遠く離れた友への思いや、楽しい時間の記憶を表す和歌の言葉として生かされています。
さらに、『後撰和歌集(ごせんわかしゅう)』(10世紀半ば・平安時代中期)では、「斧の柄」が囲碁に結び付けて詠まれる一方、囲碁を離れ、長い時間の経過を表す歌にも用いられました。こうして、物語の具体的な場面から意味が広がり、「斧の柄朽つ」は、何かに心を奪われている間に、思いがけず長い時間が過ぎてしまうことを表す故事成語として定着しました。
「斧の柄朽つ」の使い方




「斧の柄朽つ」の例文
- 歴史小説に読みふけり、斧の柄朽つとはこのことかと思うほど、あっという間に夜が明けた。
- 兄は模型作りに熱中し、斧の柄朽つのたとえどおり、昼食の時刻さえ忘れていた。
- 旧友との語らいは尽きることがなく、斧の柄朽つというように、気づけば終電の時間になっていた。
- 研究者は古文書の解読に没頭し、斧の柄朽つほどの長い歳月を一つの課題に費やした。
- 祭りの衣装を縫い始めると、斧の柄朽つの言葉さながらに、休日がいつの間にか暮れていた。
- 美しい庭を眺めながら碁を打つ二人の姿は、斧の柄朽つの故事を思わせた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・Colin McIntosh編『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary Fourth Edition』Cambridge University Press、2013年。
・『述異記』
・滋野貞主・良岑安世・菅原清公ほか編『経国集』827年。
・『東大寺諷誦文稿』9世紀初め。
・紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑撰『古今和歌集』905〜914年。
・清原元輔・大中臣能宣・源順・紀時文・坂上望城撰『後撰和歌集』10世紀半ば。























