【故事成語】
夫夫たり、婦婦たり
【読み方】
おっとおっとたり、つまつまたり
【意味】
夫は夫として、妻は妻として、それぞれの務めを果たせば、家庭が正しく治まるということ。


【英語】
・Each spouse should fulfill their responsibilities(夫婦がそれぞれ自分の責任を果たすべきである)
【類義語】
・琴瑟相和す(きんしつあいわす)
【対義語】
・琴瑟調わず(きんしつととのわず)
「夫夫たり、婦婦たり」の故事
「夫夫たり、婦婦たり」は、中国古代の経典『易経(えききょう)』に由来します。『易経』は、六十四の卦と、それぞれの意味を解き明かす文章から成り、この言葉は第三十七卦「家人(かじん)」の彖伝(たんでん)に出てきます。彖伝とは、卦全体が表す意味を説明する文章です。
「家人」は、家族や家庭の秩序について説く卦です。その彖伝には、父は父として、子は子として、兄は兄として、弟は弟として、夫は夫として、妻は妻として、それぞれが立場にふさわしい務めを果たせば、家の道が正しくなると述べられています。
原文では、「父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦而家道正」と、同じ字を二つずつ重ねています。「夫夫」は二人の夫という意味ではなく、「夫は夫としての道を守る」という意味であり、「婦婦」は「妻は妻としての道を守る」という意味です。この漢文を日本語で「夫は夫たり、婦は婦たり」と読み下し、さらに「夫夫たり、婦婦たり」という形で、一つの表現として用いるようになりました。
この一節の前には、女性は内で位置を正し、男性は外で位置を正すという考えが述べられています。これは、家庭の内と外を男女で分けていた、古代中国の社会秩序を背景とするものです。
ただし、「夫夫たり、婦婦たり」の要点は、夫だけ、または妻だけに一方的な服従を求めることではありません。夫と妻の双方を並べ、それぞれが自分の務めを正しく果たすことによって、初めて「家道正し」、すなわち家庭の秩序が整うと説いています。
彖伝はさらに、家庭を正しく整えることが、天下の安定にもつながると述べています。家庭を社会の最も小さな単位と考え、家族一人一人が責任を果たすことを、より大きな社会の秩序へと結び付けているのです。
この考えは、後の時代にも受け継がれました。北宋の政治家・歴史家である司馬光は、家庭生活の規範をまとめた『家範』(北宋、司馬光著)の冒頭に、『易経』の「家人」の文章を掲げています。父子・兄弟・夫婦がそれぞれの道を守ることを、家庭を治める基本として重んじたためです。
日本語では、長い一節の中から夫婦に関する部分が取り出され、「夫夫たり、婦婦たり」という簡潔な形で定着しました。夫婦の双方が責任を果たし、家庭を整えることを説く故事成語として使われています。
現代の家庭では、夫と妻の役割が、あらかじめ性別だけで決まるとは限りません。そのため、この故事成語は、古代の役割分担をそのまま当てはめる言葉ではなく、夫婦が話し合って決めた役割を互いに果たし、協力して家庭を支えるという意味に生かすことができます。
「夫夫たり、婦婦たり」の使い方




「夫夫たり、婦婦たり」の例文
- 祖父母は夫夫たり、婦婦たりを大切にし、互いに支え合って家庭を築いた。
- 家事と育児を二人で担う姿は、現代における夫夫たり、婦婦たりの一つの形だ。
- 夫夫たり、婦婦たりというように、夫婦の双方が責任を果たすことが大切だ。
- 忙しい時期にも夫夫たり、婦婦たりを心掛け、二人で家庭の仕事を分担した。
- 夫夫たり、婦婦たりの精神があれば、どちらか一方だけに負担が偏ることはない。
- 新しい生活を始めた夫妻は、夫夫たり、婦婦たりを胸に、互いの役割について話し合った。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・高田真治・後藤基巳訳『易経 下』岩波書店、1969年。
・金谷治『易の話―『易経』と中国人の思考』講談社、2003年。
・山下静雄『周易十翼の成立と展開』風間書房、1975年。
・司馬光『家範』北宋。
・『周易』「家人」彖伝。























