【ことわざ】
河童の川流れ
【読み方】
かっぱのかわながれ
【意味】
泳ぎのうまい河童でも川に流されることがあるように、その道の名人・達人でも、時には得意なことで思いがけない失敗をするというたとえ。


【英語】
・Even Homer sometimes nods.(名人でも時には失敗する)
【類義語】
・弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
・猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
・上手の手から水が漏れる(じょうずのてからみずがもれる)
「河童の川流れ」の語源・由来
「河童の川流れ」は、水に強いはずの河童でさえ、時には川の流れに押し流されることがある、という見立てから生まれた言い方です。河童は水界にすむ妖怪として伝えられ、頭に水をたたえた皿をもち、手には鋭い爪と水かきがある姿で語られてきました。
「川流れ」は、川の水に流されること、また川でおぼれて命を落とすことも表します。このことわざでは、「流れ」が単なる移動ではなく、水の力に負ける危うさを含んでいます。
ふつうならば川に慣れ、泳ぎも得意なはずの河童が流されるところに、この表現のおもしろさがあります。そこから、どんな名人でも得意なことで失敗することがある、という教訓へ広がりました。
この言い方は、江戸時代後期の人情本『操形黄楊小櫛(みさおがた つげのおぐし)』(天保5〜7年〔1834〜1836〕刊、二世十返舎一九作)にも出る言葉として伝わります。人情本は、江戸時代後期に町人の恋愛や暮らしを描いた近世小説の一分野であり、このことわざが日常のたとえとして用いられていたことがうかがえます。
この段階での「河童の川流れ」は、特別な一つの事件をもとにした言葉ではなく、河童というよく知られた水の妖怪の性質を利用した比喩です。水に強い存在が水で失敗するという逆転が、名人の失敗を分かりやすく表しています。
近代の用例では、久米正雄『競漕』(大正5年〔1916〕初出)に「河童が川流れをするようなことはあるまいね」という言い回しが出ます。この場面では、泳ぎに慣れた人物を「隅田川の河童」と呼び、その人でも失敗することがあるのではないか、という形で用いています。
『競漕』の使い方からも、このことわざが「下手な人が失敗する」という意味ではなく、「上手な人が、得意なはずのことで失敗する」という意味で働いていることが分かります。河童という言葉は、ここでも泳ぎの達者な人をたとえる役割をもっています。
同じ発想をもつ言葉には、「弘法にも筆の誤り」「猿も木から落ちる」「上手の手から水が漏れる」などがあります。どれも、すぐれた人でも失敗を完全には避けられない、という人間らしい弱さを表す言い方です。
現在の「河童の川流れ」は、失敗した人を強く責めるための言葉というより、名人にも思いがけない失敗はあると、やわらかく受け止めるときに使われます。上手な人ほど油断や過信に気をつけるべきだ、という戒めも含んでいます。
「河童の川流れ」の使い方




「河童の川流れ」の例文
- 全国大会で何度も優勝した選手が初歩的なミスをし、河童の川流れと評された。
- 料理上手の母が塩と砂糖を取り違えたのは、まさに河童の川流れだった。
- ベテランの先生でも板書を間違えることがあり、河童の川流れという言葉を思い出した。
- 将棋の名人が簡単な詰みを見落としたため、観客は河童の川流れだと驚いた。
- いつも道案内が上手な兄が駅の出口を間違え、河童の川流れになった。
- 熟練の職人が寸法を測り違えた話を聞き、河童の川流れは誰にでも起こると思った。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・平凡社『百科事典マイペディア』平凡社。
・二世十返舎一九『操形黄楊小櫛』1834〜1836年。
・久米正雄『競漕』1916年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary.』























