【ことわざ】
鞍上人なく鞍下馬なし
【読み方】
あんじょうひとなくあんかうまなし
【意味】
馬に乗る人と馬とが一つになったように、巧みに乗りこなすさま。人と道具、相手、対象などがぴったり調和して、自在に働くさまにもいう。


【英語】
・be at one with one’s horse(馬と一体になっている)
【類義語】
・人馬一体(じんばいったい)
「鞍上人なく鞍下馬なし」の語源・由来
「鞍上」の「鞍」は、馬や牛の背に置き、人や荷物をのせるための道具を指します。「鞍上」は鞍の上、つまり乗り手のいる位置を表し、「鞍下」は鞍の下、つまり馬のいる位置を表します。したがって、このことわざは、鞍の上には人がいないようで、鞍の下には馬がいないようだ、という少し不思議な言い方で、人と馬が一つに溶け合ったような見事な乗りぶりを表します。
もとの形に近い言い回しは、禅の言葉として伝わる「鞍上に人無く、鞍下に馬無し」です。『禅林句集(ぜんりんくしゅう)』は、禅の世界で用いられてきた句を集めた書物で、英朝が編んだものとして伝わります。この句は、乗る人と乗られる馬との区別が意識されないほど、無心に一体となった境地を表す言葉として受け取られてきました。
『禅林句集』の系統の書物は、禅問答で用いる禅語の読み下し、出典、解釈などを付したものとして江戸時代にも広まりました。江戸時代には、禅宗の僧だけでなく、一般の人びとにも役立つ書物として流布した系統があり、短い句の形で深い境地を示す言い方が、生活や芸道の感覚にも結びついていきました。
日本語のことわざとしての古い用例には、江戸時代中期の『教訓乗合舩』(1771年・明和八年刊、無頼散人著)があります。この作品には「馬術に鞍上(アンジャウ)に人なく、鞍(アン)下に馬なし、柔道に未発起発」という形で出てきます。ここでは、馬術では人と馬が一体となる境地が極意である、という文脈で用いられています。
この古い用例では、単に「馬に乗るのがうまい」というだけでなく、乗り手が馬を無理に動かしている様子が見えず、馬もまた乗り手に逆らう気配なく動く、という熟練のあり方が表されています。後には、馬術そのものに限らず、スポーツ、芸道、職人の仕事などで、人と対象の呼吸がぴったり合い、考えるより先に自然に動けるような状態をたとえる言い方としても理解されるようになりました。
現在の「鞍上人なく鞍下馬なし」は、馬と人が別々に目立たないほど調和している、という字面の印象を生かしたことわざです。技術が高まると、力で押さえつけるのではなく、相手や道具の動きに合わせて自然に働けるようになる、という考え方が、この短い表現の中に込められています。
「鞍上人なく鞍下馬なし」の使い方




「鞍上人なく鞍下馬なし」の例文
- 名騎手の走りは鞍上人なく鞍下馬なしで、馬の力を少しも乱さなかった。
- 熟練した調教師と馬の動きは、まさに鞍上人なく鞍下馬なしだった。
- 弓馬術の演武では、射手と馬が一体となり、鞍上人なく鞍下馬なしの境地を思わせた。
- 長年の稽古を重ねた選手の騎乗には、鞍上人なく鞍下馬なしという言い方がふさわしい。
- 職人が道具を自在に扱う姿は、馬術でいう鞍上人なく鞍下馬なしに近い。
- 二人のペア演技は息がぴったり合い、鞍上人なく鞍下馬なしのような一体感があった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・足立大進編『禅林句集』岩波書店、2009年。
・英朝編『禅林句集』。
・無頼散人『教訓乗合舩』1771年。























