【ことわざ】
赤子の手を捻る
【読み方】
あかごのてをひねる
【意味】
抵抗する力のない相手を、たやすく負かすことのたとえ。また、物事がきわめて容易にできることのたとえ。


【英語】
・a piece of cake(とても簡単なこと)
・child’s play(子どもの遊びのようにたやすいこと)
・like taking candy from a baby(赤ん坊からあめを取るほどたやすいこと)
【類義語】
・朝飯前(あさめしまえ)
・お茶の子さいさい(おちゃのこさいさい)
・赤子の腕を捻る(あかごのうでをねじる)
【対義語】
・骨が折れる(ほねがおれる)
・容易ならぬ(よういならぬ)
・一筋縄ではいかない(ひとすじなわではいかない)
「赤子の手を捻る」の語源・由来
このことわざは、赤子、つまりまだ力の弱い赤ん坊の手をひねることは、強い大人にとってきわめてたやすい、というはっきりしたたとえから生まれたものです。まず、力の差がとても大きいことが前提にあり、そこから「相手を簡単に負かす」「物事をたやすく片づける」という意味へ広がりました。
この言い回しで大事なのは、ただ「簡単だ」というだけではない点です。もともとには、相手にほとんど抵抗する力がなく、こちらが少し力を出せばすぐに決まってしまう、という強弱の差の大きさが含まれています。
古い用例として先にたどれるのは、「手」ではなく「腕」を使った形です。1865年(慶応元年・江戸時代末期)の歌舞伎(かぶき)『鶴千歳曾我門松(つるのちとせそがのかどまつ)』には、「赤子の腕を捻ぢるも同然」という言い方が出てきます。
この古い例では、何人かの相手を恐れるに足りないものとして語っており、「弱い相手なら簡単に片がつく」という感覚がよく表れています。今の形と一字一句同じではありませんが、ことわざのいちばん大事な意味は、すでにこの段階ではっきりしています。
いま広く使われる「赤子の手を捻る」という形は、明治時代の例までさかのぼれます。1890〜1891年(明治23〜24年・明治時代)の『いろは短句(いろはたんく)』には、「赤子の手をねじる」という形が伝わっており、ここで「手」を使う言い方が確かめられます。
さらに、1926年(大正15年・大正時代)の『明治大正見聞史(めいじたいしょうけんぶんし)』にも、この言い回しが使われています。明治から大正にかけて、「腕を捻る」と「手を捻る」が並びながら、今の言い方に近い形が広まっていったことが分かります。
つまり、このことわざは、はじめに「腕」を使う形があり、その後に「手」を使う形も広く行われるようになったと考えるのが自然です。また、「ねじる」と「ひねる」も入れ替わりながら使われており、言い回しが少しずつ今の形へそろっていきました。
語源については、何か特別な歴史上の事件や、名高い人物の逸話に結びつけなくても十分に理解できます。赤ん坊は力が弱く、自分の手を強くひねられても抵抗しにくいという、だれにも想像しやすい身体感覚が、そのままたとえになったと考えられます。
このため、現代でも「とても簡単だ」という意味で使われますが、ただの軽い言いかえとは少し違います。もとの姿には、強い者が弱い者を思いのままにしてしまう、という少しきびしい響きが残っているので、人について使うと高圧的に聞こえることがあります。
一方で、問題・作業・試合の見通しなどに向けて使うと、「力の差がはっきりしていて、苦労せずにできる」という意味がよく伝わります。今のふつうの会話では、こちらの使い方のほうが目立ちますが、ことばの根元にある強弱の差は忘れないほうが、意味を正確につかめます。
このように、「赤子の手を捻る」は、赤ん坊の弱さという具体的なイメージから生まれ、江戸時代末期には「腕を捻る」の形で、明治時代には「手をねじる」の形で使われていたことが分かります。そして今では、「きわめて簡単にできる」という意味を表すことわざとして定着しています。
「赤子の手を捻る」の使い方




「赤子の手を捻る」の例文
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- 母にとって、三人分のいつもの弁当作りは赤子の手を捻るほどたやすい。
- 将棋を始めたばかりの相手では、県大会の入賞者には赤子の手を捻るような勝負だった。
- 長年放送係をしてきた先生には、運動会の進行確認など赤子の手を捻る仕事であった。
- ベテランの整備士は、その程度の故障なら赤子の手を捻るように直してしまった。
- 経験豊かな担当者にとって、条件のそろった今回の交渉をまとめるのは赤子の手を捻るほど容易だった。























