【ことわざ】
縁の下の力持ち
【読み方】
えんのしたのちからもち
【意味】
人には見えないところで力をつくし、陰で重要な役割を果たすこと。また、そのような人のたとえ。


【英語】
・unsung hero(十分に認められていないが、称賛に値する功労者)
【類義語】
・縁の下の舞(えんのしたのまい)
・内助の功(ないじょのこう)
【対義語】
・脚光を浴びる(きゃっこうをあびる)
・日の目を見る(ひのめをみる)
「縁の下の力持ち」の語源・由来
「縁の下の力持ち」は、もともとは、人に知られない場所で苦労すること、またそのような人をたとえた言葉です。現在では、人目につかないところで重要な働きをする人をほめる意味で用いられることが多くなっています。
「縁の下」は、家の縁側の下や床下を指します。表からは見えにくい場所であるため、そこから「人目につかない所」という意味合いが生まれました。
「力持ち」は、力の強い人を指すだけでなく、石や米俵などの重い物を持ち上げて力を示す芸、またその芸を見せる人も指しました。この点をふまえると、単に家を下から支える人を思い描くだけでは、この言葉の古い姿を十分に説明できません。
この言葉と深く関わる表現に、「縁の下の舞」があります。「縁の下の舞」は、大坂四天王寺の経供養で聖霊院において催された舞楽に由来し、舞台上ではなく庭で非公開に演じられたことから、人が見ていない所でむなしく苦労することのたとえになりました。
四天王寺の経供養は、日本に経が伝来したことを記念して始められた舞楽法要です。この舞楽は、昔は非公開で、太子殿の椽の下の庭で舞われたことから「椽の下の舞」という別名をもっていました。
「縁の下の舞」の古い用例として、俳諧集『犬子集』(1633年・江戸時代前期、松江重頼編)に「椽の下の舞かや庭にとぶ蝴蝶」という句が出てきます。ここでは、見えない場所で行われる舞という具体的な姿が、言葉の背景にあります。
「縁の下の力持ち」に近い古い形は、『小児養育気質』(1773年・江戸時代中期)に出てきます。そこには「数の多き事故進物遣ふて間違へばゑんの下の力もち」とあり、多くの贈り物を扱う中で間違えれば、せっかくの骨折りが報われないものになる、という文脈で使われています。
また、『風来六部集』(1780年・江戸時代後期、平賀源内著、森島中良編)に収められた「放屁論後編」には、「椽の下の力持、むだ骨だらけの其中に」という表現が出てきます。この用例では、「縁の下の力持ち」が、現在のような称賛よりも、報われにくい無駄な骨折りという意味合いを強くもっていました。
その後、近代になると、この言葉の受け止められ方は少しずつ変わっていきました。人に知られず陰で努力する働きが、むなしい苦労としてだけでなく、組織や社会を支える大切な役割として評価されるようになったのです。
1930年代以降の用例では、陰で規則正しく仕事を続ける人の価値や、表に出にくい役割を果たす人の姿を表す言い方として使われています。これにより、「縁の下の力持ち」は、しだいにほめ言葉としての性格を強めていきました。
現在の「縁の下の力持ち」は、目立つ成功の裏にある地道な働きを見つめる言葉です。表舞台に立つ人だけでなく、準備、支援、調整、後片づけなどを担う人がいるからこそ物事が成り立つ、という考えを伝えています。
「縁の下の力持ち」の使い方




「縁の下の力持ち」の例文
- 文化祭を成功させたのは、当日目立たずに準備を続けた縁の下の力持ちたちの働きだった。
- チームの勝利には、試合に出なかった部員の記録係や用具係という縁の下の力持ちが欠かせなかった。
- 祖母は家族の予定を整え、毎日の食事を支える縁の下の力持ちである。
- 会社の円滑な運営は、書類整理や連絡調整を担う縁の下の力持ちに支えられている。
- 地域の祭りでは、見物客の前に出ない縁の下の力持ちが安全管理や片づけを引き受けていた。
- 大きな発表の成功の裏には、資料を何度も確認した縁の下の力持ちの存在があった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『犬子集』1633年。
・『小児養育気質』1773年。
・平賀源内著、森島中良編『風来六部集』1780年。
・和宗総本山四天王寺公式サイト「経供養」。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























