【故事成語】
過ちを観て斯に仁を知る
【読み方】
あやまちをみてここにじんをしる
【意味】
人の犯した過失の種類や傾向をよく観察すると、その人の人徳や人間性の程度が分かるという意味。


【英語】
・By observing a person’s faults, you can know their virtue(人の過ちを見れば、その人の徳が分かる)
【類義語】
・過を見てここに仁を知る(あやまちをみてここにじんをしる)
「過ちを観て斯に仁を知る」の故事
この故事成語は、『論語』(中国古代、孔子と門人たちの言行を伝える書)の「里仁」に出てくる言葉にもとづいています。『論語』には「子曰、人之過也、各於其黨。觀過,斯知仁矣」とあり、人の過ちはそれぞれのたぐいや傾向に応じて現れるので、その過ちを観察すれば仁のあり方が分かる、という趣旨を表します。
ここでいう「仁」は、思いやりや人としての徳を含む大切な考え方です。失敗をしたかどうかだけを見るのではなく、どのような理由で失敗したのか、どのような場面で失敗しやすいのかを見ることで、その人の心の向きが分かる、という教えになっています。
原文の「黨」は、同じたぐい、仲間、性質のまとまりを表します。後の注釈では、人の過ちはそれぞれの類に応じて起こり、情に厚い人は厚さのために、情に薄い人は薄さのために過ちを犯す、というように説かれています。
この考えは、人を過ちだけで決めつけるものではありません。むしろ、同じ失敗でも、だれかを助けようとして行き過ぎたのか、自分の利益だけを考えて人を困らせたのかでは、そこに表れる人柄が違う、という見方です。過ちの中に、その人の弱さだけでなく、心の厚さや薄さも表れると考えます。
日本語では、漢文の「觀過斯知仁矣」を訓読して「過ちを観て斯に仁を知る」と言い表す形が広まりました。また、古い辞書類には「過を見てここに仁を知る」という形もあり、『文明本節用集』(1474年の記述を含む室町時代中期の写本として知られる節用集)に古い用例が示されています。
「観」と「見」はどちらも、過ちを見ることに関わりますが、この故事成語では、ただ目に入れるというより、過失の原因や傾向をよく考えて見るという意味合いが強くなります。そのため、現在の「過ちを観て斯に仁を知る」は、失敗そのものよりも、失敗に表れた人間性を読み取る言葉として使われています。
「過ちを観て斯に仁を知る」の使い方




「過ちを観て斯に仁を知る」の例文
- 友人が失敗を隠さずに謝った姿を見て、過ちを観て斯に仁を知るという言葉を思い出した。
- 係の仕事で同じ種類の失敗をする様子から、過ちを観て斯に仁を知ることもある。
- 過ちを観て斯に仁を知るとは、失敗の有無だけで人を決めつける考えではない。
- 部下が取引先への連絡ミスをすぐに報告した態度に、過ちを観て斯に仁を知る思いがした。
- 兄が弟をかばおうとして言い過ぎた場面には、過ちを観て斯に仁を知るという教えが当てはまる。
- 過ちを観て斯に仁を知るというように、失敗の内容にはその人の考え方が表れる。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・『論語』。
・朱熹『四書章句集注』南宋。
・James Legge, The Chinese Classics, Volume I: Confucian Analects, 1861.























