【故事成語】
家を移して妻を忘る
【読み方】
いえをうつしてつまをわする
【意味】
ひどく忘れっぽいことのたとえ。とくに、いちばん大切なものをうっかり忘れてしまうことをいう。


【英語】
・to forget the most important thing(いちばん大切なものを忘れる)
・to overlook what matters most(肝心なことを見落とす)
・to be absurdly forgetful(あきれるほど忘れっぽい)
【類義語】
・徙宅忘妻(したくぼうさい)
・木を見て森を見ず(きをみてもりをみず)
・本末転倒(ほんまつてんとう)
【対義語】
・用意周到(よういしゅうとう)
・念には念を入れよ(ねんにはねんをいれよ)
・石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる)
「家を移して妻を忘る」の故事
この故事成語は、中国の古い書物に出てくる話をもとにした言い方です。日本では「家を移して妻を忘る」と言いますが、もとの形に近い言い方は「宅を移して其の妻を忘る」です。
話のはじまりは、『孔子家語(こうしけご)』の「賢君」にあります。魯(ろ)の哀公(あいこう)が孔子(こうし)に、世の中には忘れ方のひどい者がいて、引っこしをして妻を忘れたという話があるが、本当にそんなことがあるのかとたずねます。
これに対して孔子は、それでもまだ、忘れ方としてはいちばんひどいものではないと答えます。さらにひどいのは、自分の身を忘れることだ、と話を進めます。
孔子がここで挙げるのは、夏(か)の桀(けつ)や殷(いん)の紂(ちゅう)です。どちらも王の位にありながら、自分の立場やなすべきことを忘れ、楽しみや欲に流れて、ついには国を失ったとされる人物です。
つまり、この話では、ただ物忘れが多いということだけが問題なのではありません。人が本当に忘れてはいけないものを見失うと、自分自身まで滅ぼしてしまう、という重い戒めがこめられています。
引っこしで妻を忘れるというたとえは、あまりにも不自然で、聞いただけであきれるほどです。だからこそ、いちばん大事なものを取り落とす愚かさが、強く心に残る言い方になりました。
この話は、後の時代にもくり返し取り上げられました。『資治通鑑(しじつがん)』では、唐の太宗(たいそう)が利益のために身を傷つける商人の話をしたとき、魏徴(ぎちょう)がこの故事を引き、さらに桀や紂の話につなげています。
そこでは、物を得ることや欲を満たすことばかりに心を向けると、自分を見失うという教えとして使われています。もとの話が、ただの笑い話ではなく、政治や生き方をいましめる言葉として受け止められていたことが分かります。
日本では、この長い話の中から、とくに印象の強い「家を移して妻を忘る」の部分が一つの言い回しとして広まりました。そのため、今では桀や紂の話まで知らなくても、「いちばん大切なものを忘れる」という意味で通じるようになっています。
また、言い方には少しゆれ(書き方の違い)があり、「宅を移してその妻を忘る」とする形や、漢文に近い「徙宅忘妻」という形もあります。けれども、どの形でも、忙しさや不注意のあまり、中心になるものを忘れるという点は変わりません。
この故事成語でいう「妻」は、引っこしの場面で絶対に忘れてはならない存在として置かれています。そこから、荷物はそろえたのに新居のかぎを忘れる、会議の資料は持ったのに契約書を置いてくる、といった場面にも当てはめられるようになりました。
ただし、えんぴつ一本を忘れた、消しゴムを落とした、という程度の軽い忘れ物には少し大げさです。何がいちばん大事かが分かっているはずなのに、それを落としてしまったときにこそ、この故事成語はよく合います。
「家を移して妻を忘る」の使い方




「家を移して妻を忘る」の例文
- 修学旅行の朝に乗車券だけを机に残したのでは、家を移して妻を忘るというほかない。
- 引っこし当日に新居のかぎを古い家に置いたまま出たのは、家を移して妻を忘るような失敗だった。
- 結婚式の式次第を整えながら指輪を忘れたのは、家を移して妻を忘ると言われてもしかたがない。
- 会議の資料を何十部も印刷して、肝心の契約書だけ持たずに出たのでは、家を移して妻を忘るというべき手落ちだ。
- 病院へ行く支度をすべて終えながら保険証を机に置いたままだったのは、家を移して妻を忘るに近いあわて方だった。























