【ことわざ】
伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せず
【読み方】
いらんのはやしにまじわれどもしゃくせんだんのかはうせず
【意味】
正しく立派な人は、周囲の悪い影響を受けても、自分のよさや清らかさを失わないということ。


【英語】
・remain true to oneself(自分の信念や価値観に忠実であり続ける)
【類義語】
・泥中の蓮(でいちゅうのはちす)
・和して同ぜず(わしてどうぜず)
【対義語】
・朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる)
「伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せず」の語源・由来
「伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せず」は、悪臭を放つ伊蘭の林と、よい香りをもつ栴檀を対比した仏教的なたとえから広まったことわざです。伊蘭は梵語 eraṇḍa の音訳で、悪臭をもつ木として説かれ、栴檀は香木として知られています。
伊蘭は、仏教のたとえの中で煩悩を表すものとして用いられます。強い悪臭をもつ木として描かれ、香木の栴檀を菩提にたとえる説明と対になっています。
赤栴檀(しゃくせんだん)は、香木の一種を表す言葉です。白檀の赤みがかった心材や、マメ科の木などを指す場合があり、香りのよい材として扱われてきました。
もとになる仏典は、『佛説觀佛三昧海經』(東晋、398〜421年、佛陀跋陀羅訳)です。この経は十巻から成り、『観仏三昧経』とも呼ばれ、仏を心に観じる教えを説く経典です。
『佛説觀佛三昧海經』には、伊蘭と栴檀を同じ山に生じるものとして説く場面があります。そこでは、「牛頭栴檀生伊蘭叢中」とあり、牛頭栴檀が伊蘭の茂みの中に生えることが述べられています。
この場面では、栴檀がまだ土の中にある間は香りを放てず、人々はその山に伊蘭だけがあると思います。やがて栴檀が地上に現れて木となると、人々はすぐれた香りを聞き、伊蘭の悪臭は消えていくと説かれます。
仏典の本来の文脈では、伊蘭の林は人の内にある煩悩や罪をたとえ、栴檀は念仏の心や菩提へ向かう心をたとえています。悪臭の中にあっても、よい香りをもつものが現れれば、周囲まで清らかに変えていくという教えです。
日本語の古い用例としては、『九冊本宝物集』(1179年ごろ・平安時代末期)に、「伊蘭と云樹あり。その香くさくして、一枝一葉をかぐに、ゑひふして死門に入」とあります。ここでは、伊蘭の悪臭の強さが、仏教説話の中で印象深く伝えられています。
のちには、『教行信証』の「行文類」にも、伊蘭林の中に牛頭栴檀があり、その香りによって林が香り高く変わるというたとえが引かれます。ここでも、伊蘭は人の迷いや罪を、栴檀は念仏の心を表すものとして受け止められています。
現在のことわざでは、仏教的な「煩悩」と「菩提」の対比が、より一般的な教訓へと広がっています。すなわち、悪い環境にいても、正しい人や本質のすぐれたものは、そのよさを失わないという意味で使われます。
このことわざは、「朱に交われば赤くなる」と反対の方向を示す言葉です。まわりに染まる弱さではなく、まわりに乱されず自分の清らかさを守る強さを、香木のたとえによって伝えています。
「伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せず」の使い方




「伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せず」の例文
- 不正が横行する職場でも誠実な態度を貫く彼は、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずを思わせる人物だ。
- 友人たちが約束を破っても、彼女だけは最後まで決まりを守り、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずという言葉にふさわしかった。
- 荒れた環境の中でも努力と礼儀を忘れない生徒の姿は、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずの好例である。
- 周囲の悪口に同調せず、相手のよい点を見ようとする態度は、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずそのものだった。
- 厳しい競争の中でも人をだまさず正々堂々と戦う選手に、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずという言葉を重ねた。
- 誘惑の多い場所でも自分の信念を曲げない人こそ、伊蘭の林に交われども赤栴檀の香は失せずと評される。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・佛陀跋陀羅訳『佛説觀佛三昧海經』東晋、398〜421年。
・親鸞『教行信証』1224年ごろ。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・Merriam-Webster, Inc.『Merriam-Webster.com Dictionary』。























