【故事成語】
魚は江湖に相忘る
【読み方】
うおはこうこにあいわする
【意味】
魚が水の多い川や湖で水の存在を忘れて泳ぐように、自然な境遇に身を置き、何にも煩わされずに悠々と生きること。


【英語】
・living free from worldly cares(俗事に煩わされずに生きること)
・living an unfettered life(束縛されずに自由に生きること)
【類義語】
・悠々自適(ゆうゆうじてき)
・逍遥(しょうよう)
【対義語】
・齷齪(あくせく)
「魚は江湖に相忘る」の故事
この故事成語は、中国の古典『荘子(そうじ)』「大宗師」にもとづく表現です。『荘子』は、中国戦国時代の思想家・荘周にかかわる道家書で、現行本三十三篇は中国・西晋の郭象が整理編集したものです。
『荘子』の大きな特色は、たとえ話を通して、人間がこまかな是非や名誉にとらわれることなく、自然の道に従って自由に生きる姿を説くところにあります。この言葉も、魚と水の関係を使って、人が本来のあり方に戻ることを示しています。
「大宗師」には、泉の水が涸れ、魚たちが陸の上に取り残される場面が出てきます。原文には「泉涸,魚相與處於陸」とあり、これは、水がなくなったため、魚どうしが陸の上で身を寄せているという意味です。
続いて、魚たちは「相呴以濕,相濡以沫」と描かれます。これは、互いに息を吹きかけ、口の泡で相手の体をぬらして、苦しい中で命を保とうとする姿を表します。
しかし『荘子』は、そのように苦しい場所で助け合うことよりも、「不如相忘於江湖」と述べます。つまり、魚にとっては、干上がった陸で互いに助け合うより、広い川や湖の中で、互いを意識することもなく自由に泳いでいるほうがよい、という考えです。
ここでいう「相忘」は、冷たく忘れ去ることではありません。あまりにも自然な状態に身を置いているため、相手や水の存在をことさらに意識しなくなるほど、ゆったりと一体になっていることを表します。
同じ「大宗師」には、孔子と弟子の子貢をめぐる場面も出てきます。そこでは「魚相造乎水,人相造乎道」と述べ、魚が水によって生きるように、人は道によって生きるものだという考えが示されます。
そのあとに「故曰:魚相忘乎江湖,人相忘乎道術」とあります。魚が広い川や湖で互いを忘れるように、人も道の中で余計なこだわりを離れ、落ち着いた生を得る、という意味につながっています。
「江湖」は、もともと川と湖を表す言葉です。ここでは、魚が本来いるべき水の豊かな場所を指し、狭く苦しい場所ではなく、その生き物にふさわしい広い環境を表す言葉として働いています。
後の時代にも、この表現は『淮南子(えなんじ)』などに「魚相忘於江湖、人相忘於道術」に近い形で受け継がれました。『淮南子』は前漢の淮南王劉安が編んだ思想書で、道家の思想を大きな柱としています。
また、後代の文献には「不如相忘於江湖」「不若相忘於江湖」「魚相忘于江湖」など、字句が少し異なる形も引かれています。いずれも、苦しい場所で無理に支え合うより、それぞれが本来の場所でのびのび生きるほうがよい、という発想を受け継いでいます。
こうして「魚は江湖に相忘る」は、魚が広い水の中で水を忘れるほど自然に泳ぐ姿から、人が自分に合った境遇に身を置き、俗事に煩わされずに生きることを表す故事成語になりました。単なる気楽さではなく、本来の場所で心を乱されずに生きる自由をたとえた表現です。
「魚は江湖に相忘る」の使い方




「魚は江湖に相忘る」の例文
- 父は定年後に海辺の町へ移り、肩書きや世間の評判から離れて、魚は江湖に相忘るの暮らしを楽しんでいる。
- 長年の競争から身を引いた先生は、小さな書斎で本を読み、魚は江湖に相忘るように静かな日々を送っている。
- 都会の人間関係に疲れた作家は、山里に移って創作に打ち込み、魚は江湖に相忘る境地に近づいた。
- 友人は店の経営を後輩に譲り、古い家を直して暮らし始め、魚は江湖に相忘る姿そのものになった。
- 名声を求めて走り続けた画家は、晩年になって人里離れた土地で絵を描き、魚は江湖に相忘る生活を選んだ。
- 祖母は広い庭のある家で草花を育て、近所のうわさにも左右されず、魚は江湖に相忘るように穏やかに暮らしている。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・『荘子』。
・劉安編『淮南子』前漢、紀元前2世紀。
・教育部國語推行委員會編『成語典』教育部、2020年。























