【故事成語】
河海は細流を択ばず
【読み方】
かかいはさいりゅうをえらばず
【意味】
大人物は度量が広く、さまざまな人をよく受け入れることのたとえ。


【英語】
・broad-minded.(心が広く、人の考え方やあり方を受け入れられる)
【類義語】
・河海は細流を厭わず(かかいはさいりゅうをいとわず)
・大海は芥を択ばず(たいかいはあくたをえらばず)
・泰山は土壌を譲らず(たいざんはどじょうをゆずらず)
【対義語】
・狭量(きょうりょう)
・排他(はいた)
・門戸を閉ざす(もんこをとざす)
「河海は細流を択ばず」の故事
この故事成語は、中国・前漢の司馬遷が著した『史記』(前91年ごろ完成)「李斯列伝」にもとづく言葉です。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までを扱う紀伝体の史書で、全130巻から成ります。
もとになった文章は、李斯が秦王政に差し出した『諫逐客書』です。李斯は戦国時代の秦に仕えた政治家で、のちに始皇帝の丞相となり、統一帝国の制度づくりにも関わりました。
秦では、韓の人である鄭国が秦に入り、灌漑のための大きな水路を造らせました。ところが、それが秦の力を消耗させるためのはかりごとであったと分かり、秦の宗室や大臣たちは、他国から来た人材をすべて追放するよう王に求めました。
李斯も秦の生まれではなかったため、追放される側に入っていました。そこで李斯は、「吏が客を追おうとしている議論は誤りである」という内容から書き始め、秦がこれまで他国出身のすぐれた人物を用いて強くなってきたことを述べました。
李斯は、秦の昔の君主たちが、由余・百里奚・蹇叔・丕豹・公孫支、また商鞅・張儀・范睢など、秦の外から来た人物を用いたことを挙げています。国を豊かにし、軍を強くし、諸侯に力を及ぼすことができたのは、こうした客卿の働きによるものだと説いています。
さらに李斯は、秦王が秦の外から来た美しい玉、名剣、名馬、音楽などを喜んで用いていることを指摘します。その一方で、人材だけは秦の出身でないという理由で退けるのは、宝物や音楽を重んじ、人を軽んじることになると論じました。
そこで出てくるのが、「太山不讓土壤,故能成其大;河海不擇細流,故能就其深」という一節です。これは、太山は小さな土を拒まないから大きな山となり、河や海は小さな流れを選り分けずに受け入れるから深くなる、という意味です。
この一節のあとには、「王者不卻眾庶,故能明其德」と続きます。王たる者は多くの人々を退けないからこそ、その徳を明らかにできる、という考えが示されており、川や海のたとえは、人材を広く受け入れる政治の大切さを支えています。
原文では「河海不擇細流」と書かれています。日本語ではこれを「河海は細流を択ばず」と読み下し、また「河海は細流を厭わず」という形でも用います。
ここでいう「河海」は、黄河と海を指します。黄河や海がどのような小川の水も差別なく受け入れるという具体的な情景から、大人物が人をよく受け入れるという意味へ広がっています。
李斯の意見は秦王に届きました。『諫逐客書』の末尾には、秦王が逐客の命令を取り除き、李斯の官をもとに戻して、その計略を用いたとあります。
日本語では、室町中期の『文明本節用集』にもこの言い方が入っています。さらに明治時代には、福沢諭吉の『福翁百話』(1897年)にも「河海の細流を厭わざるが如く」という形の用例があり、広く人を受け入れるたとえとして用いられています。
このように、「河海は細流を択ばず」は、ただ心がやさしいというだけの言葉ではありません。小さな流れを受け入れて深くなる河や海のように、立場の大きい人や組織が、多くの人を受け入れることで豊かになる、という考えを表す故事成語です。
「河海は細流を択ばず」の使い方




「河海は細流を択ばず」の例文
- 河海は細流を択ばずの考えで、校長は学年に関係なく児童の意見を学校づくりに取り入れた。
- 新しい会社を大きくした社長は、河海は細流を択ばずの姿勢で、経験の浅い社員の提案にも耳を傾けた。
- 地域の祭りでは、河海は細流を択ばずの精神で、昔からの住民だけでなく新しく越してきた人も準備に迎え入れた。
- 名監督は河海は細流を択ばずというように、目立たない選手の努力も認めてチーム全体を強くした。
- 研究会の代表は、河海は細流を択ばずを胸に、専門の違う人の発表も公平に受け止めた。
- 国を治める者には、河海は細流を択ばずの度量が求められる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・李斯『諫逐客書』紀元前237年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』Cambridge University Press.























