【ことわざ】
影も無いのに犬は吠えぬ
【読み方】
かげもないのにいぬはほえぬ
【意味】
まったく根拠がないところに、うわさが立つことはない。うわさがあるからには、何らかの原因や事実があるはずだというたとえ。


【英語】
・There’s no smoke without fire.(うわさがあるからには、何らかの理由がある)
【類義語】
・火の無い所に煙は立たぬ(ひのないところにけむりはたたぬ)
・飲まぬ酒には酔わぬ(のまぬさけにはよわぬ)
【対義語】
・根も葉もない(ねもはもない)
「影も無いのに犬は吠えぬ」の語源・由来
「影も無いのに犬は吠えぬ」は、何の姿も気配もないのに、犬が理由なく吠えることはないという、身近な情景をもとにしたことわざです。犬の吠え声という目に見える結果には、それを引き起こした何かがあるという考えを表しています。
ここでの「影」は、光を遮ったときにできる黒い形だけを指すのではありません。「影」には、実際の人や物の姿や、そこに何かがいることを知らせる形という意味も、古くからあります。
したがって、「影も無い」は、単に地面や壁に影法師が映っていないという意味ではなく、人や動物の姿も、それらしい気配もないことを表します。その「影」があるからこそ犬は吠えるという原因と結果の関係が、このことわざの土台です。
「吠える」は、犬や獣などが大きな声で鳴くことを指します。『日本書紀』(720年・奈良時代、舎人親王ら撰)にも、犬が吠えることを表す「ほゆる犬」という古い用例が出てきます。
『枕草子(まくらのそうし)』(10世紀末ごろ成立・平安時代中期、清少納言著)には、「しのびてくる人見しりてほゆる犬」とあります。人目を避けてひそかに来る人物を犬が見分け、吠えるという場面です。
この一節は、「影も無いのに犬は吠えぬ」そのものの出典ではありませんが、人の接近や気配に反応して犬が吠える姿が、古くから身近なものとして描かれていたことを示します。姿を隠して近づく者であっても、犬にはその存在が察せられるという見方です。
この具体的な情景が、人間社会で生じるうわさへと重ねられました。犬が吠えることを「人々が何かを言い立てること」に、犬を吠えさせた姿や気配を「うわさの原因となった事実」にたとえています。
このことわざは、中国の古い人物や特定の事件を物語るものではなく、日本で用いられてきた経験的なたとえです。犬の行動から、原因がなければ結果は生じないという世の中の道理を言い表しています。
同じ考え方を火と煙で表すのが、「火の無い所に煙は立たぬ」です。火種がなければ煙が立たないように、うわさが立つからには、きっかけとなった事情があるはずだという意味をもちます。
また、「飲まぬ酒には酔わぬ」も、原因がなければ結果は生じないという点で近いことわざです。酒を飲んだからこそ酔うという関係を、人の行いやその結果に重ねています。
ただし、「影も無いのに犬は吠えぬ」は、広まっているうわさの内容がすべて真実だと決めつける表現ではありません。うわさが生じた背景には、誤解を招く出来事や、話のもとになった小さな事実があるかもしれないという意味です。
犬を用いたことわざには、「一犬虚に吠ゆれば万犬実に伝う」のように、一人が根拠のないことを言うと、多くの人が真実として広めてしまうことを戒めるものもあります。そのため、うわさに何らかのきっかけがあると考えても、内容の真偽は別に確かめる必要があります。
このように、「影も無いのに犬は吠えぬ」は、何かの存在を感じ取って犬が吠えるという情景から、うわさにはそれを生じさせる原因があるという意味へと広がりました。結果の背後にある事情へ目を向ける一方、うわさだけで事実を決めつけない慎重さも求めることわざです。
「影も無いのに犬は吠えぬ」の使い方




「影も無いのに犬は吠えぬ」の例文
- 影も無いのに犬は吠えぬというから、そのうわさが広まった理由を慎重に調べた。
- 店の閉鎖が何度も話題になるのは、影も無いのに犬は吠えぬで、経営に何か変化があったのかもしれない。
- 影も無いのに犬は吠えぬとはいうものの、うわさだけで人を疑うべきではない。
- 異動の話が社内に広まったため、部長は影も無いのに犬は吠えぬと考えて、事実関係を確かめた。
- 影も無いのに犬は吠えぬという言葉どおり、近所のうわさには小さな行き違いがもとになっていた。
- 学校統合の話について、住民は影も無いのに犬は吠えぬと受け止め、役所に説明を求めた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・馬場俊臣「『犬』に関することわざ(2)――『犬』をどう捉えてきたか――」『札幌国語研究』第25号、北海道教育大学国語国文学会・札幌、2020年。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.
・舎人親王ら撰『日本書紀』720年。
・清少納言『枕草子』10世紀末ごろ成立。























