【故事成語】
甘棠の愛
【読み方】
かんとうのあい
【意味】
すぐれた為政者を、人々が深く慕い敬うこと。善政を行った人物への親愛や追慕の情をいう。


【類義語】
・甘棠遺愛(かんとうのいあい)
・甘棠之恵(かんとうのめぐみ)
・甘棠の詠(かんとうのえい)
「甘棠の愛」の故事
「甘棠の愛」は、中国最古の詩集とされる『詩経(しきょう)』の「国風・召南・甘棠」にもとづく故事成語です。『詩経』は、現存する三百五編から成る古代中国の詩集で、戦国時代ごろに成立したものと考えられ、儒学の経書として重んじられました。
「甘棠」は、木の名です。日本語では、植物「ずみ」の古名として伝わり、『詩経』「召南・甘棠」の故事をふまえて用いられることが多い言葉です。
この故事に出てくる人物は、周代初期の政治家である召公奭(しょうこうせき)です。召公奭は、周の成王の時代に陝西を治め、のちに燕の始祖になったと伝えられる人物です。
伝えられる話では、召公奭は甘棠の木の下で民の訴えを聞き、公平に裁きました。人々はその徳を慕い、召公が休んだ甘棠の木を大切にし、その人柄と善政を忘れませんでした。
『詩経』「甘棠」の原文には、「蔽芾甘棠、勿翦勿伐、召伯所茇」とあります。これは、茂った甘棠を切ってはならない、召伯がそこに宿った場所だからだ、という意味に読めます。
続く章にも、「勿翦勿敗」「勿翦勿拜」とあり、甘棠の木を傷つけたり、枝を折ったりしてはならないという思いが重ねて歌われています。同じ言い方をくり返すことで、人々がその木をどれほど大切にしたかが強く表されています。
この詩で大切なのは、木そのものだけではありません。人々は、甘棠の木を見るたびに、そこで民の声を聞き、公平に政治を行った召公奭を思い出しました。
そのため、甘棠は、すぐれた為政者の徳をしのぶ記念の木のように扱われました。「甘棠の愛」という言葉には、よい政治を受けた人々が、為政者を深く慕い、その徳を後々まで忘れないという意味がこめられています。
日本でも、この故事は早くから知られていました。『続日本紀』(706年・奈良時代)には、召伯が甘棠に憩った故事をふまえた表現が出てきます。
また、『中右記』(1120年・平安時代後期)には、「甘棠之詠」という形が見えます。これは、人々が為政者の徳をたたえる意味で用いられた表現です。
『東関紀行』(1242年ごろ・鎌倉時代前期)にも、「一つの甘棠のもとをしめて政を行ふ時」という用例が伝わっています。ここでは、甘棠の木のもとで政治を行うという形で、召公奭の故事が日本語の文章の中に取り入れられています。
のちには、「甘棠之愛」「甘棠遺愛」「甘棠之恵」など、近い形の言い方も用いられるようになりました。いずれも、善政を行った人への感謝や、すぐれた役人を慕いしのぶ心を表します。
現在の「甘棠の愛」は、木を守るという具体的な行動から広がり、よい政治や公正な働きをした人への深い敬愛を表す言葉になっています。人々の生活を思い、公平に力を尽くした人の徳は、時が過ぎても忘れられないという考えが、この故事成語の中心にあります。
「甘棠の愛」の使い方




「甘棠の愛」の例文
- 公平な政治を行った知事に対し、県民の甘棠の愛は長く語り継がれた。
- 村の暮らしを守った村長への甘棠の愛は、記念碑だけでなく人々の言葉にも残っている。
- 住民の声をよく聞いた市長は、退任後も甘棠の愛を受け続けた。
- 災害のあとに力を尽くした町長に、町民は甘棠の愛を抱いた。
- その改革者への甘棠の愛は、単なる人気ではなく、公正な働きへの深い感謝だった。
- 人々の生活を第一に考えた政治家の名は、甘棠の愛とともに後世へ伝えられた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『デジタル大辞泉』小学館。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・旺文社編『旺文社世界史事典 三訂版』旺文社、2000年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『詩経』。























