【故事成語】
狂夫の楽しみは智者の哀しみ
【読み方】
きょうふのたのしみはちしゃのかなしみ
【意味】
道理をわきまえない者が喜ぶことを、知恵のある者は悲しく思うということ。同じ出来事でも、知識や判断力の違いによって、受け止め方が正反対になることのたとえ。


「狂夫の楽しみは智者の哀しみ」の故事
「狂夫の楽しみは智者の哀しみ」は、中国の古典『戦国策(せんごくさく)』(前漢末、紀元前1世紀、劉向編)「趙策」に出てくる「狂夫之楽、智者哀焉」にもとづく故事成語です。「狂夫」は、ここでは道理を外れた考えや行動をする者を指し、「智者」は、知恵にすぐれ、物事の道理を見通せる人を指します。
この言葉が語られる背景には、戦国時代の趙(ちょう)の武霊王(ぶれいおう)が進めた胡服騎射(こふくきしゃ)があります。武霊王は、北方の民族が着る動きやすい服を取り入れ、兵士に馬上から弓を射る戦法を学ばせて、趙の軍を強くしようとしました。
紀元前307年、武霊王は、この改革を実行しようとしました。当時の趙は、北方の民族や中山国などに備える必要があり、武霊王は従来の服装や戦い方にこだわらず、実際の戦場に適した方法を採り入れようとしたのです。
しかし、北方の民族の服装をまねることは、古くからの習慣を重んじる人々にとって、受け入れにくい改革でした。武霊王は臣下の肥義に、民に胡服騎射を教えれば世間から非難されるに違いないが、どうすればよいかと問いかけます。
肥義は、疑いながら行動しても功績は上げられず、大きな仕事を成し遂げる者は、世間一般の考えに合わせてばかりはいないと答えました。さらに、愚かな者には、物事が成し遂げられたあとでなければ価値が分からないが、知恵のある者は、まだ形になっていない段階から先を見通すと説き、改革をためらわないよう勧めました。
これに対して、武霊王は、自分は胡服を採用すること自体を疑っているのではなく、天下の人々に笑われることを恐れているのだと語ります。そして、「狂夫之楽、智者哀焉;愚者所笑、賢者察焉」と続けました。道理を失った者が喜ぶことを智者は悲しみ、愚者が笑うことを賢者はよく見極める、という意味です。
ここでいう「楽しみ」は、ただ好みが違うというだけではありません。事情を深く考えない人々が新しい試みを笑いものにする一方、先を見通せる者は、その笑いの浅はかさや、必要な改革が妨げられる危険を憂えるという対照を表しています。武霊王は、たとえ世間中から笑われても、胡の土地と中山を必ず手に入れると決意し、胡服を採用しました。
胡服騎射による軍制改革ののち、趙は北方へ勢力を広げ、中山国を滅ぼすまでに国力を高めました。武霊王の言葉は、世間の笑いや一時の評判だけで物事の価値を決めず、将来の利益や危険まで見通して判断することの大切さを伝えています。
同じ一節は、司馬遷の『史記(しき)』(前漢、紀元前91年ごろ成立)「趙世家」にも記されています。また、『商君書(しょうくんしょ)』(戦国時代末期に主要部分成立)「更法」には、「愚者之笑、智者哀焉;狂夫之楽、賢者憂焉」という、よく似た言い方が出てきます。そこでも、古い制度を変えようとする君主が、世間の反対や嘲笑に惑わされない決意を述べています。
日本語の「狂夫の楽しみは智者の哀しみ」は、「狂夫」と「智者」、「楽しみ」と「哀しみ」を鮮やかに対照させた形です。現在では、政治上の改革に限らず、ある人々が面白がったり喜んだりしている行為の中に、思慮のある人が重大な問題や将来の危険を見いだす場面にも用いられます。
「狂夫の楽しみは智者の哀しみ」の使い方




「狂夫の楽しみは智者の哀しみ」の例文
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- その場の盛り上がりだけで危険な行動を選ぶのは、まさに狂夫の楽しみは智者の哀しみである。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・劉向編『戦国策』前漢末。
・司馬遷『史記』紀元前91年ごろ。
・『商君書』戦国時代末期に主要部分成立。























