【故事成語】
君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す
【読み方】
くんしはげんにとつにしてこうにびんならんとほっす
【意味】
立派な人物は、言葉を控えめにし、行動は素早く実行したいと願うものであるという教え。何を言うかよりも、実際にどう行動するかを重んじる。


【英語】
・Actions speak louder than words.(言葉よりも行動のほうが雄弁である)
【類義語】
・訥言敏行(とつげんびんこう)
・不言実行(ふげんじっこう)
【対義語】
・言行不一致(げんこうふいっち)
「君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す」の故事
「君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す」は、中国の古典『論語(ろんご)』の「里仁(りじん)」に収められた孔子の言葉です。『論語』は孔子自身が書いた本ではなく、孔子とその弟子たちの言行を、孔子の死後に門人たちがまとめた書物です。
原文には「子曰、君子欲訥於言、而敏於行」とあります。やさしく言えば、「孔子がおっしゃった。君子は、言葉については慎重であり、行動については素早くありたいと願うものだ」という意味です。
「訥」は、話し方が滑らかでないことや、口が重いことを表します。ただし、ここでは、生まれつき話すのが苦手な人だけを指すのではなく、軽々しい発言を避け、自分の言葉を慎む姿勢を表しています。「敏」は、物事を素早く行うことであり、口先よりも実践を先にする態度を示します。
「里仁」の少し前の章には、「古者言之不出、恥躬之不逮也」とあります。昔の立派な人が言葉をむやみに口にしなかったのは、自分の行いが発言に追いつかないことを恥じたからだ、という意味です。この章と合わせると、孔子が沈黙そのものを勧めたのではなく、実行できないことを先に言い立てる態度を戒めたことが分かります。
中国・三国時代の魏で何晏がまとめた『論語集解(ろんごしっかい)』は、「訥」を「遅鈍」と解き、言葉については慎重でありたいが、行動については素早くありたいという意味を示しました。『論語集解』は、それ以前の学者たちによる注釈を集め、古い解釈を伝える代表的な書物です。
中国・南北朝時代の梁で皇侃が著した『論語義疏(ろんごぎそ)』は、君子は行動を言葉より先にしようとするため、言葉は遅く、行動は速くなると解いています。ここでは、単に動作が素早いというだけでなく、口で語る前に正しい行いを実践することが重んじられています。
北宋の邢昺が加えた疏には、この章は「言葉を慎み、行いを重んじる」教えであり、当時の人々の行動が発言に伴わないことを孔子が嫌ったのだとあります。言葉と行動の差を小さくし、実践によって言葉の責任を果たすことが、この教えの大切な部分です。
南宋の朱熹が著した『論語集注(ろんごしっちゅう)』には、軽々しく言葉を口にすることは易しいが、力を尽くして実行することは難しいため、言葉を控え、行動を急ぐのだという解釈が引かれています。「欲す」という表現には、君子であっても常に完璧なのではなく、そのような人物になろうと努め続ける姿勢が表れています。
日本にも『論語』は古くから伝わり、1364年には、何晏の注釈を付けた『正平版論語(しょうへいばんろんご)』が堺で刊行されました。江戸時代前期の伊藤仁斎も『論語古義(ろんごこぎ)』で、この章は君子の心を述べ、学ぶ人を励ますための言葉だと解いています。
原文の「行」は、日本語の読み下しでは「こう」と読む形と、「おこない」と読む形があります。また、「敏ならんと欲す」と読む形のほかに、「敏ならんことを欲す」とする形もあります。読み方や表記に違いはあっても、言葉を先走らせず、実行を大切にするという意味は共通しています。
大正5年には、渋沢栄一がこの言葉を取り上げ、雄弁そのものを否定する教えではないと述べました。意見を伝えることも必要ですが、言葉に本当の重みをもたせるのは、それを自ら実行する姿勢であると説いています。
このように、「君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す」は、何も話さずにいればよいという教えではありません。実行できないことを軽々しく語らず、必要な行動にはすぐに取りかかる誠実さを説いた言葉です。
「君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す」の使い方




「君子は言に訥にして行に敏ならんと欲す」の例文
- 彼は君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すを心に刻み、立派な目標を語る前に必要な準備を始めた。
- 母は君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すという教えどおり、家族に頼まれたことを黙ってすぐに片づけた。
- 友人は君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すを大切にし、励ましの言葉だけでなく実際に手伝いに来た。
- 実行委員長は君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すの姿勢で、長い説明をする前に会場の安全確認へ向かった。
- 部長は君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すを座右の言葉とし、計画を発表する前に自ら現場を調べた。
- 社会から信頼を得るには、君子は言に訥にして行に敏ならんと欲すの教えのように、言葉を行動で裏付ける必要がある。
主な参考文献
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』「里仁」。
・何晏『論語集解』。
・皇侃『論語義疏』。
・何晏注・邢昺疏『論語注疏』。
・朱熹『論語集注』。
・伊藤仁斎『論語古義』。
・渋沢栄一『実験論語処世談』1916年。























