【故事成語】
猿猴が月を取る
【読み方】
えんこうがつきをとる
【意味】
身の程に合わない大きな望みを抱き、かえって失敗して身を滅ぼすことのたとえ。


【英語】
・overreach oneself(実力以上のことをしようとして失敗する)
【類義語】
・猿猴捉月(えんこうそくげつ)
・水の月取る猿(みずのつきとるさる)
・海底撈月(かいていろうげつ)
・蟷螂の斧(とうろうのおの)
【対義語】
・身の程を知れ(みのほどをしれ)
「猿猴が月を取る」の故事
「猿猴が月を取る」は、中国・東晋代に成立した仏教の律蔵『摩訶僧祇律(まかそうぎりつ)』に伝わる説話にもとづく故事成語です。『摩訶僧祇律』は、仏教教団の規律を集めた書物で、仏駄跋陀羅と法顕の共訳による四十巻の典籍です。
この故事は、『僧祇律』七に出てくる話として伝わっています。水に映った月を取ろうとした猿が、枝が折れて水に落ち、おぼれ死んだという内容です。
物語の舞台は、昔のインドの波羅奈(はらな)城とされます。五百匹の猿が林の中を歩き、木の下にある井戸、または水面に映った月影を見つけたところから話が始まります。
猿の王は、水に映った月影を見て、月が井戸の中に落ちたと思い込みました。そして、世の中が暗くならないように、みんなで月を引き上げようと仲間の猿たちに呼びかけます。
猿の王は、自分が木の枝につかまり、ほかの猿たちが互いの尾をつかんで長くつながれば、井戸の中の月に届くと考えました。五百匹の猿はその言葉に従い、枝から順にぶら下がって月影へ近づこうとしました。
しかし、猿たちの重みで木の枝は折れてしまいます。月を取るどころか、猿たちはみな井戸の中に落ち、水におぼれて命を失いました。
この話では、猿たちは本物の月と水面の月影を見分けられませんでした。手の届かないものを得ようとして、自分たちの力や状況を考えなかったため、望みは失敗に終わり、破滅を招いたのです。
仏教の説話としては、釈尊が比丘(びく)たちを戒めるために語った話と伝わります。欲や思い込みに動かされ、正しい判断を失うと、自分だけでなく周囲まで苦しめるという教えを含んでいます。
この故事は「猿猴捉月」とも表されます。「捉月」は月をつかまえるという意味で、届かないものを無理に取ろうとする姿を短く示しています。
日本語では、平安時代末期ごろの『九冊本宝物集』(1179年ごろ)に、「猿猴のとらんとする月のごとし」とする古い用例があります。そこでは、水に映った月を五百の猿が取ろうとする話として説明され、今の意味に近い形で受け入れられていました。
また、室町時代の謡曲『花筐(はながたみ)』(1435年ごろ)には、「水の月を、望む猿のごとくにて」という近い表現が出てきます。水の月は手に取れないものなので、不可能なことを望むたとえとして、同じ発想につながります。
江戸時代の俳諧『毛吹草』(1638年)にも、「猿猴が月に愛をなし」という形が出てきます。これらの用例から、この故事が日本でも、身の程知らずの望みや無理な行動を戒める言葉として広まっていったことが分かります。
「猿猴捉月」は、絵画の題材としても好まれました。水面の月を取ろうとして猿たちがつながる図は、禅や絵画の世界でも、迷いや無謀な望みを示す画題として扱われました。
現在の「猿猴が月を取る」は、ただ失敗することだけをいう言葉ではありません。自分の力や立場を見ずに、大きすぎる望みへ飛びつくと、かえって身を損なうという戒めを表す故事成語です。
「猿猴が月を取る」の使い方




「猿猴が月を取る」の例文
- 経験のない仕事を一人で全部引き受けるのは、猿猴が月を取るようなものだ。
- まだ泳げないのに遠い島まで泳ぐと言い出すのは、猿猴が月を取るに等しい。
- 会社の実力を考えずに大きすぎる事業へ乗り出せば、猿猴が月を取る結果になりかねない。
- 友人は準備をせずに難関試験を受けると言い、猿猴が月を取るような計画だと心配された。
- 高すぎる理想だけを追って足もとを見ない姿は、猿猴が月を取るという故事成語に重なる。
- 猿猴が月を取ることにならないよう、まず自分の実力と必要な準備を確かめるべきだ。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館。
・小学館『プログレッシブ英和中辞典 第5版』小学館。
・仏駄跋陀羅・法顕共訳『摩訶僧祇律』東晋。
・斎藤隆三『画題辞典』博文館、1925年。
・金井紫雲編『東洋画題綜覧』芸艸堂、1941〜1943年。























