【故事成語】
市に禍を買う
【読み方】
いちにわざわいをかう
【意味】
自分から進んで災いのもとを招くこと。避けられるはずの面倒や危険を、自分の行動によって引き寄せること。


【英語】
・ask for trouble(自分から面倒を招く)
【類義語】
・自業自得(じごうじとく)
・身から出た錆(みからでたさび)
【対義語】
・君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず)
・転ばぬ先の杖(ころばぬさきのつえ)
「市に禍を買う」の故事
「市に禍を買う」は、古い仏教説話に出てくる「禍母(かも)」の話に基づく故事成語です。「市」は物を売り買いする場所を意味し、「禍」は災いを意味します。つまり、言葉の形そのものは、「市場で災いを買う」という、たいへん強い比喩になっています。
もとになった話は、『旧雑譬喩経(くぞうひゆきょう)』に由来する説話として伝わっています。『旧雑譬喩経』は、呉の康僧会(こうそうえ)訳とされる仏教説話の経典で、日本語訳書の書誌にも「呉の康僧会訳『旧雑譬喩経』」とあります。
この説話は、のちに宋代の道誠が編んだ『釈氏要覧(しゃくしようらん)』(1019年成立)にも「市買禍母」という題で引かれています。『釈氏要覧』は、仏教に関する名目や故実を解説した三巻本で、古い仏典の言葉や話を整理して伝える役割をもつ書物です。
話の舞台は、五穀がよく実り、戦争も疫病もなく、人々が安らかに暮らしている国です。ところが、その国の王は「四方に禍というものがあると聞くが、それはどのようなものか」と家臣に尋ねます。家臣たちも見たことがないと答えると、王はどうしてもそれを見たいと思い、探しに行かせます。
そのとき、天神が一つの物に姿を変え、市の中で売りに出します。それは猪に似た姿をしており、家臣が名を尋ねると、「これは禍母であり、四方の禍はみなここから生まれる」と答えます。家臣はさらに、何を食べるのかと尋ねます。すると、禍母は一日に針を一升食べると答えます。
家臣は禍母を買い、王のもとへ持ち帰ります。王はこれを飼うよう命じますが、毎日大量の針を食べさせるため、国の針は足りなくなります。そこで民から針を集めることになりますが、人々はその負担に耐えられず、国を離れてほかの土地へ逃げていきます。
やがて知恵のある家臣が、禍母を殺して捨てるべきだと願い出ます。王もそれを許しますが、斧で切ろうとしても、刃物で刺そうとしても、禍母を傷つけることはできません。そこで火をつけて焼こうとすると、禍母の体は火のように赤くなり、城へ飛び込んで走り回ります。
その結果、城も町も焼け、すべてが焼き尽くされてしまいます。『釈氏要覧』の本文は、この災いが「禍母を買ったこと」によって起こったと結びます。王は、もともと平和な国にいながら、余計な好奇心から自分で災いを買い入れ、ついには国そのものを滅ぼしてしまったのです。
仏教説話としてのもとの意味では、戒めを守らず、欲望を受け入れてしまうことへのたとえとして語られています。『釈氏要覧』でも、この話は、戒を守らない者が欲の火に焼かれ、身も名も失うことのたとえとして結ばれています。
日本語の「市に禍を買う」は、この「市買禍母」という話の形を受けて、災いを外から偶然受けるのではなく、自分の判断で招き入れることを表すようになりました。自分ではおもしろ半分、軽い気持ち、または欲のためにしたことでも、結果として大きな不幸につながることがあります。この故事成語は、危険なものを好奇心で近づけたり、必要のない争いに手を出したりしないように、という深い戒めを伝えています。
「市に禍を買う」の使い方




「市に禍を買う」の例文
- 怪しいもうけ話に興味本位で近づくのは、市に禍を買うようなものだ。
- 友人同士のけんかに面白がって口を出せば、市に禍を買う結果になりかねない。
- 使い方の分からない薬品を勝手に混ぜるなど、市に禍を買う行動でしかない。
- 注意を受けていたのに危険な場所へ入り、市に禍を買うような失敗をした。
- 会社の内部情報を軽い気持ちで外へ話すのは、市に禍を買う行為だ。
- 市に禍を買うというように、災いの種を自分から抱え込まない判断が大切である。
主な参考文献
・小学館辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・西村正身・羅黨興訳『壺の中の女 呉天竺三蔵康僧会旧雑譬喩経全訳』渓水社、2013年。
・康僧会訳『旧雑譬喩経』。
・釈道誠『釈氏要覧』1019年。























