【故事成語】
一寸の光陰軽んずべからず
【読み方】
いっすんのこういんかろんずべからず
【意味】
わずかな時間でも、むだに過ごしてはいけないという戒め。


【英語】
・Time is money(時は金なり。時間は貴重で、むだにしてはいけない)
【類義語】
・少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
・寸暇を惜しむ(すんかをおしむ)
・時は金なり(ときはかねなり)
「一寸の光陰軽んずべからず」の故事
「一寸の光陰軽んずべからず」は、「少年老い易く学成り難し」に続く句としてよく知られています。もとの漢文は「少年易老學難成。一寸光陰不可輕。」で、若い時期はすぐに過ぎ、学問はなかなか成し遂げられないので、わずかな時間もおろそかにしてはならない、という意味です。
この句は、長いあいだ南宋の儒学者である朱熹(しゅき)の「偶成(ぐうせい)」という詩の一節として広く伝わりました。朱熹は一一三〇年から一二〇〇年に生きた儒学者で、日本でも朱子学の名とともに知られた人物です。そのため、この句も中国の儒学者が学問の大切さを説いた言葉として受け取られてきました。
ただし、この詩は朱熹の詩文集には入っていません。近世初期に五山詩を集めた『翰林五鳳集(かんりんごほうしゅう)』には、「進学軒」という題で、室町前期の五山僧、惟肖得巖(いしょうとくがん)の作としてこの詩が収められています。さらに、京都の相国寺に関わる禅僧、観中中諦(かんちゅうちゅうたい)の詩文集『青嶂集』にも、よく似た詩があると指摘されています。
詩の前半では、若さと学問が対比されています。「少年易老」は、若いと思っていても時はすぐに過ぎるということです。「學難成」は、学問は一朝一夕には身につかず、長く積み重ねてようやく形になるということです。この二つを並べることで、時間は速く過ぎるのに、学びはゆっくり積み上げるしかないという切実さが表されています。
「一寸光陰不可輕」は、その前の句を受けた戒めです。「一寸」は本来ごく短い長さを表す言葉ですが、ここではごくわずかな時間を表します。「光陰」は時間のことで、「軽んずべからず」はおろそかにしてはならないという意味です。つまり、ほんの少しの時間であっても、学びや努力のために大切にしなさい、という教えになります。
詩の後半には、「未覺池塘春草夢。階前梧葉已秋聲。」という句が続きます。池のほとりの春草の夢からまだ覚めないうちに、階段の前の梧葉(ごよう:あおぎりの葉)にはもう秋の声がしている、という内容です。春から秋へ季節が移る速さを描き、ぼんやり過ごしているうちに大切な時期が過ぎてしまうことを、景色によって表しています。
この句は、漢詩全体の中から特に覚えやすい教訓として抜き出され、日本語の故事成語として定着しました。明治時代以後には、勉学を励ます言葉として学校や家庭で広く用いられ、萩原朔太郎の文章にも、明治時代の学生がこの句を灯りの笠に書きつけて勉強したという用例が出てきます。
現在では、学問だけに限らず、仕事、練習、準備、日々の暮らしにも用いられます。短い空き時間をどう使うか、若い時間をどう過ごすかを考えさせる言葉であり、時間の長さではなく、その時間を大切に扱う心を説く故事成語です。
「一寸の光陰軽んずべからず」の使い方




「一寸の光陰軽んずべからず」の例文
- 受験まで残り一か月となり、一寸の光陰軽んずべからずの思いで毎日の復習に取り組んだ。
- 部活動の朝練では、一寸の光陰軽んずべからずと考えて、五分の空き時間にも素振りをした。
- 祖父は、一寸の光陰軽んずべからずと言って、若いうちに本を読む習慣をつけるよう勧めた。
- 会議の前の短い時間にも資料を読み返し、一寸の光陰軽んずべからずを実感した。
- 一寸の光陰軽んずべからずという言葉どおり、毎日の小さな努力が一年後の力になる。
- 試験前だけ頑張るのではなく、一寸の光陰軽んずべからずの気持ちで日ごろから学ぶことが大切だ。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・佛書刊行会編纂『大日本仏教全書 第144〜146冊 翰林五鳳集』佛書刊行会、1914〜1915年























