【ことわざ】
家柄より芋茎
【読み方】
いえがらよりいもがら
【意味】
家の格式が高くても、それだけでは生活の役に立たず、食べられる芋茎のほうが値打ちがあるということ。勢力や実力を失いながら、旧家や出身を自慢する者をあざけっていう。


【類義語】
・家柄より食い柄(いえがらよりくいがら)
「家柄より芋茎」の語源・由来
「家柄より芋茎」は、「家柄」と「芋茎」とを並べ、両者を「がら」という音で結び付けたことわざです。「家柄」は、先祖から受け継いだ家の格式や、格式の高い家を指します。それに対して、「芋茎」は、里芋の葉柄、またはそれを干して食べるものを指します。名誉ある家の名と、質素でも実際に食べられる品とを比べることで、名目だけの立派さよりも、暮らしに役立つ値打ちを重んじる考えを表しています。
この言い方のおもしろさは、「家柄」の「がら」と、「芋茎」の読みである「いもがら」の「がら」とが響き合うところにあります。ただ「格式より実利が大切だ」と述べるのではなく、食べることのできない「家柄」と、腹の足しになる「芋茎」とを並べることで、意味がはっきりと伝わり、同時に鋭い皮肉も生まれます。
「芋茎」は、このことわざでは「いもがら」と読みます。表記には「芋茎」のほかに「芋幹」があり、いずれも里芋の長い葉柄や、それを干して食用にしたものを表します。「芋幹」という言葉は、『二十巻本和名抄』(934年ごろ・平安時代中期)にも記録されています。これは、ことわざそのものの成立時期を示すものではありませんが、「いもがら」が古くから食生活に結び付いた身近な品であったことを示しています。
一方、「家柄」は、家の格式や家すじの品格を表す言葉です。『小説精言』(1743年・江戸時代中期)には家の格式を指す用例があり、『霊験曾我籬』(1809年・江戸時代後期)には格式の高い家を指す用例があります。家の名や由緒が社会的な評価に結び付いていた時代には、たとえ現在の力や暮らし向きが衰えていても、先祖からの格式を誇る者がいました。このことわざは、そのような名ばかりの誇りを、食べられる芋茎にも及ばないものとして笑う言い方です。
したがって、このことわざは、家柄のよい人を一律に低く見る言葉ではありません。格式や出身を持ち出しても、現実の生活を支える力や現在の行いが伴わない場合に、その空しさを指摘するものです。「芋茎なら食べられるが、家柄は食べられない」という対比によって、過去の名声だけでは今の暮らしは成り立たないという厳しい見方を表しています。
表記には、入力された「家柄より芋茎」の形のほかに、「家柄より芋幹」の形もあります。また、同じ発想を表す言い方として、「家柄より食い柄」も用いられます。「芋茎」や「食い柄」という、生活に直接かかわるものを取り合わせることで、家の名よりも、今の暮らしに役立つ中身を大切にする考えが、いっそう分かりやすく表されています。
このように、「家柄より芋茎」は、立派な出身を語るだけで生活の実質を伴わない者に向けた、ユーモアと批判を含むことわざです。先祖の名や家の格式に頼るのではなく、今の暮らしを支える働きや実際の値打ちを大切にせよ、という教えにつながっています。
「家柄より芋茎」の使い方




「家柄より芋茎」の例文
- 名家の末裔だと誇りながら働こうとしない主人公に、村人たちは家柄より芋茎と言った。
- 代々の由緒を持ち出して信用を求めても、店を立て直す力がなければ家柄より芋茎である。
- 旧家の名を盾に借金を重ねる当主の姿は、まさに家柄より芋茎であった。
- 祖父は、先祖の肩書だけにすがる生き方を戒め、家柄より芋茎という言葉を教えた。
- 物語では、格式ばかりを誇る落ちぶれた家が、家柄より芋茎という皮肉をこめて描かれている。
- どれほど立派な出身を語っても、現在の働きが伴わなければ、家柄より芋茎と笑われかねない。
主な参考文献
・小学館『デジタル大辞泉』。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。























