【ことわざ】
井戸の端の童
【読み方】
いどのはたのわらんべ
【意味】
井戸のそばで遊ぶ幼い子どものように、少しの油断で大きな事故が起こりかねない、非常に危険な状態のたとえ。


【英語】
・be in a precarious position(危険で不安定な立場にある)
【類義語】
・井筒のそばの童(いづつのそばのわらんべ)
・火の端に児を置くが如し(ひのはたにちごをおくがごとし)
「井戸の端の童」の語源・由来
「井戸の端」は、井戸のふち、または井戸のそばを指す言い方です。「端」は物のふちや場所のほとりを表し、「井戸端」は井戸の回り・井戸のほとりを表します。「童」は、ここでは子どものことで、古い形の「わらんべ」と読まれます。
昔の井戸には、地上に、木や石で作った囲いである井筒(いづつ)がありました。ただし、井戸は深く、水をくむための場所なので、幼い子どもがその近くで遊ぶと、足を滑らせたり、身を乗り出したりして、落ちるおそれがあります。この具体的な危うさから、危険な状態そのものをたとえる言葉になりました。
この言い方の背景には、中国古典の一つの物語よりも、井戸の近くで遊ぶ幼児を危ないものとして見た、生活上の経験があります。形の近い言い方として「井筒のそばの童」も伝わっており、井戸の囲いのすぐそばにいる子どもという姿が、危険の比喩として固定していったことが分かります。
江戸時代前期の狂歌集『後撰夷曲集(ごせんいきょくしゅう)』(寛文12年・1672年刊、生白堂行風編)には、袋中和尚の歌として、「井のはたに遊ぶ子よりもあぶなきは後生願はぬ人の身の程」とあります。これは、井戸の端で遊ぶ子どもよりも、来世の救いを願わない人の身の上のほうが危うい、という意味です。ここでは、井戸のそばの子どもが、だれにでもすぐ分かる危険のたとえとして使われています。
さらに、近松門左衛門の『文武五人男』(成立年未詳)には、「井筒のそばの童の危かりける驕りなり」とあります。ここでは、「井筒のそばの童」という形で、危ない場所にいる子どもの姿を、あやういおごりや先の見えない身の上に重ねています。現在の「井戸の端の童」と同じ発想をもつ表現が、芸能の言葉の中でも用いられていたことが分かります。
また、明暦2年(1656年)刊の皆虚編『世話焼草(せわやきぐさ)』は、『世話尽(せわづくし)』とも呼ばれ、俗語を積極的に集めた俳諧の手引き書です。近世には、「井のほとりに児を置く」という近い形や、「火の端に児を置くが如し」のように、子どもを水や火の近くに置くことを危険のたとえにする表現も伝わりました。
こうして、「井戸の端」という実際に危ない場所と、「童」という守られるべき幼い存在とを組み合わせた言い方が、単なる事故の注意をこえて、危険な立場や状態を表すことわざとして定着していきました。今では、目の前の危険を軽く見ている状態や、すぐに対策しなければならない状況を、短く印象づけていう表現として使われます。
「井戸の端の童」の使い方




「井戸の端の童」の例文
- 転落防止の柵が外れた階段で子どもが遊ぶ様子は、まさに井戸の端の童だ。
- 契約内容を確かめないまま大金を預けるのは、井戸の端の童のような危うさがある。
- 台風の日に川の水位を見に行く行為は、井戸の端の童に等しい。
- 倒れかけた本棚のそばで幼児を遊ばせるのは、井戸の端の童というほかない。
- 点検を先延ばしにした古い橋を多くの人が渡る状況は、井戸の端の童である。
- 安全確認をしないまま実験を始める計画は、井戸の端の童の危険をはらむ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・生白堂行風編『後撰夷曲集』寛文12年(1672年)。
・皆虚編『世話焼草』明暦2年(1656年)。
・太田全斎『諺苑』寛政9年(1797年)。
・近松門左衛門『文武五人男』成立年未詳。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』.























