【故事成語】
金を攫む者は人を見ず
【読み方】
きんをつかむものはひとをみず
【意味】
一つのことに心を奪われると、ほかのことがまったく目に入らなくなることのたとえ。特に、利益を求める欲のために、周囲の人や物事を顧みなくなることを表す。


【英語】
・have tunnel vision.(ある目的だけに集中し、ほかのことが目に入らない)
【類義語】
・鹿を逐う者は山を見ず(しかをおうものはやまをみず)
「金を攫む者は人を見ず」の故事
「金を攫む者は人を見ず」は、中国の思想書『列子(れっし)』「説符(せっぷ)」に収められた逸話にもとづきます。『列子』は、戦国時代の思想家、列禦寇の著作と伝わりますが、現在の八編から成る本文は、前漢末から晋代にかけて形づくられ、古い説話に後代の文章が加えられた書物と考えられています。
この逸話の直前には、白公勝が乱のことを思い詰めるあまり、手にした杖を逆さに立て、その先があごを突き刺し、血が地面まで流れても気づかなかったという話があります。続いて、心が一つのことに強くとらわれると、足が木の根やくぼみにぶつかったり、頭を木に打ち付けたりしても気づかなくなると述べています。
そのあとに、金を欲しがった斉(せい)の国の男の話が出てきます。男は早朝、衣服と冠をきちんと身に着けて市場へ行き、金を売っている者の所まで来ると、その金をつかみ取って立ち去りました。人目を避けてこっそり盗んだのではなく、朝の市場で堂々と奪ったところに、男の異常なほど強い欲が表れています。
男はすぐに役人に捕らえられました。役人が「人が皆いるのに、なぜ他人の金をつかみ取ったのか」と問うと、男は「取金之時、不見人、徒見金」、すなわち「金を取るときには人は見えず、ただ金だけが見えていた」と答えました。
ここでいう「攫」は、爪を立てるようにして物をわしづかみにすることを表す漢字です。「攫金」は金をつかみ取るという意味で、『列子』のこの場面そのものが古い用例となっています。現在の表現では、「攫む」と書いて「つかむ」と読みます。
この話は、物事に集中することそのものを戒めたものではありません。欲望に心を奪われるあまり、大勢の人がいることも、盗みを働けば捕らえられることも考えられなくなった男の姿を通して、一つの目的だけにとらわれた心の危うさを示しています。
北宋の禅僧、覚範慧洪がまとめた『林間録(りんかんろく)』(1107年序)には、「逐鹿者不見山、攫金者不見人、殆非虚言」とあります。「鹿を追う者は山を見ず、金をつかみ取る者は人を見ないとは、決して偽りの言葉ではない」という意味で、目指す物に心を奪われ、周囲を見失う二つの姿を並べています。
さらに、南宋の禅僧、虚堂智愚の言葉を集めた『虚堂和尚語録(きどうおしょうごろく)』(13世紀)にも、「攫金者不見人、逐鹿者不見山」と記されています。『列子』の具体的な逸話から生まれた表現が、後には「欲しい物だけを見て、周囲を顧みない」という一般的な戒めとして用いられるようになったことが分かります。
日本語の「金を攫む者は人を見ず」は、こうした漢文を読み下した形です。現在では、金銭への欲に限らず、賞、成功、地位、勝利など、一つの目的に夢中になるあまり、人の忠告や周囲の状況を見失っている場合にも用います。ただし、もとの故事には、強い金銭欲によって判断を失った男が描かれているため、目先の利益に心を奪われる危険への戒めとして用いると、言葉の意味が最もよく伝わります。
「金を攫む者は人を見ず」の使い方




「金を攫む者は人を見ず」の例文
- 大きな利益を急ぐあまり取引先の忠告を無視する姿は、金を攫む者は人を見ずそのものだった。
- 優勝賞品だけを目指して仲間への思いやりを失えば、金を攫む者は人を見ずになってしまう。
- 金を攫む者は人を見ずというように、目先の売上ばかり追う会社は、客の信頼を失いかねない。
- 昇進を望むあまり同僚の手柄まで奪った彼に、金を攫む者は人を見ずという言葉が当てはまる。
- 限定品を買おうとして列の決まりを無視する人々を見て、金を攫む者は人を見ずとはこのことだと思った。
- 研究の成果を急いで安全確認を省くのは、金を攫む者は人を見ずという戒めを忘れた行いだ。
主な参考文献
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・白川静著『字通 普及版』平凡社、2014年。
・金谷治・倉石武四郎・関正郎・福永光司・村山吉廣訳『中国古典文学大系4 老子・荘子・列子・孫子・呉子』平凡社、1973年。
・『列子』前漢末から晋代にかけて成立。
・覚範慧洪『林間録』1107年序。
・虚堂智愚『虚堂和尚語録』13世紀。























