【故事成語】
女の一念岩をも通す
【読み方】
おんなのいちねんいわをもとおす
【意味】
女性が一度強く思い定めると、岩を貫くほどの執念を示すことのたとえ。


【類義語】
・一念岩をも通す(いちねんいわをもとおす)
・石に立つ矢(いしにたつや)
「女の一念岩をも通す」の故事
「女の一念岩をも通す」のもとになった表現は、「一念岩をも通す」です。「一念」とは、一つのことをひたすら深く思い込むことを指します。強い信念や真心をもって事に当たれば、岩のように堅いものさえ貫き、不可能に思えることも成し遂げられるという意味です。
この表現の背景には、中国の古い説話があります。『韓詩外伝(かんしがいでん)』(前漢、紀元前2世紀ごろ、韓嬰著)巻六には、楚(そ)の熊渠子(ゆうきょし)が夜道を歩いていたときの話が記されています。『韓詩外伝』は、古い故事や逸話を『詩経』の言葉と結びつけてまとめた書物です。
熊渠子は、暗がりに横たわる石を、身を伏せた虎だと思い込みました。そこで弓を引き絞って矢を放つと、矢じりだけでなく、羽の近くまで石に深く入りました。近づいて確かめると、それは虎ではなく石でした。
熊渠子が石だと知ったうえで再び射ても、先ほどのようにはいきませんでした。最初の矢が石を貫いたのは、虎を倒さなければならないという強い思いに、心が集中していたからだと語られています。この話から、真心や集中した精神には、堅い石さえ動かす力があるという教えが生まれました。
よく似た話は、司馬遷の『史記(しき)』(前漢、紀元前1世紀ごろ)「李将軍列伝」にもあります。弓の名手であった李広(りこう)が狩りに出た際、草の中の石を虎と見誤って射ると、矢じりが石の中へ深く入りました。ところが、石だと分かったあとで何度射ても、矢は二度と刺さりませんでした。
これらの故事から、「石に立つ矢」「念力岩をも通す」「一念岩をも通す」などの表現が生まれました。もとの話に女性は登場せず、強い信念や誠意が大きな力を生むという、人の心全般についての教えでした。
日本では、江島其磧の浮世草子『風流曲三味線(ふうりゅうきょくじゃみせん)』(1706年・江戸時代前期)に、「一念岩を徹すといへば」とあります。この用例では、強く思い続ければ、会いたい相手にもいつか会えるという意味で使われており、中国の故事に近い、広い意味の表現でした。
その後、福内鬼外の浄瑠璃『源氏大草紙(げんじおおぞうし)』(1770年・江戸時代中期、平賀源内著)に、「女の念は岩通す」という形が出てきます。若衆と別れた女性が、さまざまな手を尽くしてその人のことを聞き出した場面で使われており、女性の深く強い執念を表しています。
この古い用例では、現在の「女の一念岩をも通す」と完全に同じ形ではなく、「女の念は岩通す」と書かれています。やがて、もとの「一念岩をも通す」と結びつき、「女の一念岩をも通す」や「女の一念岩をも徹す」という形に整えられました。「通す」と「徹す」は、どちらも岩を貫くほど思いが強いことを表します。
このように、もとは性別に関係なく強い信念をたたえる故事でしたが、日本では「女」を加えることで、女性の執念深さを表す言い方へと意味が狭まりました。強い意志に感心していう場合もありますが、恐れや非難を含めて用いることもあります。現代では、女性だけが執念深いと決めつけるためではなく、古い文学や昔の女性観を理解する表現として受け止めることが大切です。
「女の一念岩をも通す」の使い方




「女の一念岩をも通す」の例文
- 彼女は長い年月をかけて事件の真相を突き止め、女の一念岩をも通すと人々を驚かせた。
- 母は家族の無実を証明するまで調査を続け、女の一念岩をも通すほどの執念を示した。
- 小説の主人公は女の一念岩をも通す勢いで、裏切った相手をどこまでも追い続けた。
- 女の一念岩をも通すというように、彼女は一度立てた決心を最後まで変えなかった。
- 古い芝居では、女の一念岩をも通すほど強い女性の思いが物語を動かしている。
- 国語の授業で、女の一念岩をも通すが中国の故事をもとに変化した表現であることを学んだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・韓嬰『韓詩外伝』前漢。
・司馬遷『史記』前漢。
・江島其磧『風流曲三味線』1706年。
・福内鬼外『源氏大草紙』1770年。























