【ことわざ】
狼に衣
【読み方】
おおかみにころも
【意味】
凶悪で無慈悲な人が、うわべだけはやさしく、善人らしくよそおうこと。


【英語】
・a wolf in sheep’s clothing(善良そうな外見で悪意を隠している人)
【類義語】
・鬼に衣(おににころも)
「狼に衣」の語源・由来
「狼に衣」は、獲物を襲う恐ろしい狼に衣服を着せ、穏やかで無害そうな姿に見せかけるというたとえから生まれました。外側を整えても狼の本性は変わらないことを、善人のように振る舞いながら心の中に冷酷さや悪意を隠す人に重ねた表現です。
古い用例は、寛永15年(1638年)の序をもつ俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』(江戸時代前期、松江重頼編)巻二に出てきます。『毛吹草』は、俳諧の作法を説き、句作りに役立つ言葉や付け合いの表現などを集めた書物です。
そこには、「おほかみにころもきせたるごとし」とあります。現代の言い方に直すと、「狼に衣を着せたようだ」という意味です。この段階では、現在の「狼に衣」よりも長く、何かの様子をたとえる文の形で記されています。
狼そのものは変わらないにもかかわらず、衣を着せることで一時的に見た目だけを変えるところが、このことわざの要点です。「衣」は単なる衣服を指すだけでなく、後の用例では、僧や出家した人が身に着ける衣を強く思わせます。慈悲深く見える姿と冷酷な心との食い違いを表すのに適したたとえとして広まりました。
『世間胸算用(せけんむねさんよう)』(1692年・江戸時代前期、井原西鶴著)巻一には、「思へば心の鬼、狼に衣ぞかし」とあります。米に乏しい鉢開坊主(はちひらきぼうず)が、殊勝そうな顔を作り、心にもない念仏を唱える姿を、外見は出家でも、心は鬼のようだと批判する場面です。
この用例では、「衣」が人の本性を隠す外側の姿として使われています。僧の衣を着て念仏を唱えていても、心に慈悲がなければ、衣を着た狼と変わらないという厳しい皮肉です。「狼に衣」が、単に服装の見た目をいうのではなく、善人を装う偽善を表していたことが分かります。
井原西鶴の没後に北条団水が編集した『万の文反古(よろずのふみほうぐ)』(1696年・江戸時代前期)にも、「その身は、『狼に衣。』形は出家と見えて、心底はあさましき事に候」とあります。出家した姿をしていながら、実際には修行の務めを怠る人々を批判した文章です。
『毛吹草』では「狼に衣を着せたようだ」という長い形でしたが、『世間胸算用』や『万の文反古』では、「狼に衣」だけで意味の通じる短い形になっています。江戸時代のうちに、外見だけを善良そうに整えた悪人を表す決まった言い方として定着していたことがうかがえます。
さらに、『柳多留(やなぎだる)』第十一篇(1776年)には、「狼に衣てかけの御院ごう」とあり、『川傍柳(かわぞえやなぎ)』(1780〜1783年)には、「衣着た狼女ばかりくひ」とあります。後者では、「狼」という言葉だけでも、うわべはやさしそうで内心は凶悪な人、特に戒めを守らない僧を指すようになっています。
なお、「狼が衣を着たように、服装が体になじまず、だらしなく見えるさま」を表す用法もあります。ただし、現在の中心的な意味は、善人らしい外見や態度によって恐ろしい本性を隠すことです。
このように、「狼に衣」は、狼へ衣を着せた姿を表す長いたとえから、外見と本心が正反対の人を指す短いことわざへと変化しました。見た目の穏やかさだけに惑わされず、その人が実際にどのような行動をしているかを見ることの大切さも伝える表現です。
「狼に衣」の使い方




「狼に衣」の例文
- 親切を装って高齢者をだました男は、まさに狼に衣というべき人物だった。
- 彼の穏やかな笑顔の裏には悪意があり、狼に衣とはこのことだ。
- 相談相手のふりをして秘密を聞き出す行為は、狼に衣のようで信用できない。
- その会社は環境保護を掲げながら不法投棄を続け、狼に衣だと批判された。
- 善良な支援者を装った詐欺師の姿は、狼に衣ということわざによく当てはまる。
- 物腰がやわらかくても人を陥れる人物には、狼に衣という表現が用いられる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松江重頼編『毛吹草』寛永15年(1638年)序。
・井原西鶴『世間胸算用』1692年。
・井原西鶴作、北条団水編『万の文反古』1696年。
・『誹風柳多留』第十一篇、1776年。
・Colin McIntosh編『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary 第4版』Cambridge University Press、2013年。























