【ことわざ】
大風に灰を撒く
【読み方】
おおかぜにはいをまく
【意味】
効果のない、むだなことをすることのたとえ。また、話がまとまらず、どこへ向かうのか分からないことにもいう。


【英語】
・beat the air(むだな試みを繰り返す)
【類義語】
・骨折り損のくたびれ儲け(ほねおりぞんのくたびれもうけ)
【対義語】
・雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
「大風に灰を撒く」の語源・由来
「大風に灰を撒く」は、強い風が吹く中で灰をまいても、目的の場所には落ちず、たちまち吹き散らされてしまう様子から生まれた言葉です。手間をかけても結果が残らないことから、効果のない行動や、むだな努力をたとえるようになりました。
「撒く(まく)」には、細かなものを広い範囲へ、振るようにして散らすという意味があります。灰をまく行為そのものではなく、大風によって灰が思いどおりの場所へ届かず、行方も分からなくなるところに、このことわざのたとえの要点があります。
昭和初期の用例として、柳田国男の『ことわざの話』(1930年・昭和5年)には、「大風に灰を播くような話。ぱっとした取り止めのない話」とあります。ここでは、単に労力がむだになることではなく、話の内容が四方へ飛び散り、筋道や結論が定まらない様子を表しています。
この用例では、現在の見出しにある「撒く」ではなく、「播く」と書かれています。「播」には、種をまくほか、広く行き渡らせる、散らすという意味もあります。一方、「撒く」は、細かなものをあちらこちらへ散らすことを表すため、現在の表記は、風に飛ばされる灰の様子を直接思い浮かべやすい形になっています。
昭和24年の国会では、わずかな利益で大きな財政上の問題を解決しようとすることを、「大風に灰をまいたようなものであつて、何の効果もあがるものじやない」と表しています。この用例では、少しばかりの対策では目的を達成できないという、現在の「むだで効果がない」という意味が、はっきりと表れています。
一方、昭和51年の国会では、分かりにくい説明を「大風に灰をまいたような話」と評し、続けて「どこに飛んでいっちゃうかわからぬ」と述べています。これは、柳田国男が記した「取り止めのない話」という用法と同じく、話題が散らばり、要点をつかめない状態を表しています。
こうした用例から、このことわざには、二つの使われ方が育ったと考えられます。一つは、努力や対策を行っても効果が残らないことです。もう一つは、話や説明があちらこちらへ飛び、結論にたどり着かないことです。どちらも、大風に吹かれた灰が、ねらった場所に落ちず、行方も定まらないという同じ光景から生まれています。
現在は、主として「むだなことをする」という意味で用いられます。ただし、古い用例や後の実例にあるように、まとまりのない話を皮肉る表現として使われることもあります。努力の量だけを見るのではなく、その方法で本当に目的を果たせるのかを考える大切さを伝えることわざです。
「大風に灰を撒く」の使い方




「大風に灰を撒く」の例文
- 練習方法を見直さずに同じ失敗を繰り返すのは、大風に灰を撒くようなものだ。
- 壊れた道具を直さずに作業を続けても、大風に灰を撒くに等しい。
- 宣伝する相手を決めずに広告費を使う計画は、大風に灰を撒く結果に終わった。
- 要点の定まらない長い説明を聞き、先生は大風に灰を撒くような話だと評した。
- 担当者も期限も決めずに指示だけを出すのでは、大風に灰を撒くことになりかねない。
- 実行する仕組みを作らずに目標だけを掲げても、大風に灰を撒くばかりで成果には結び付かない。
主な参考文献
・柳田国男『ことわざの話』アルス、1930年。
・『第5回国会 衆議院運輸委員会議録 第25号』1949年。
・『第78回国会 衆議院内閣委員会議録 第5号』1976年。























