【ことわざ】
憂いも辛いも食うての上
【読み方】
ういもつらいもくうてのうえ
【意味】
気が晴れない、つらいなどと不平を言えるのも、食べ物に困らない生活があってこそのこと。食べることさえままならなければ、そのような不満を口にする余裕はないというたとえ。


【類義語】
・衣食足りて礼節を知る(いしょくたりてれいせつをしる)
・飢えては食を択ばず(うえてはしょくをえらばず)
「憂いも辛いも食うての上」の語源・由来
「憂いも辛いも食うての上」は、食べることが暮らしの土台であるという、日常生活の厳しい現実を短く言い表したことわざです。心の悩みや不平について考えるにも、まず命を支える食事が必要だという順序を示しています。
ここでいう「憂い」は「うれい」ではなく、「うい」と読みます。「憂い」は、思いどおりにならないことを嫌に思う気持ちや、心が晴れず、つらくてやりきれない状態を表す言葉です。
「辛い」も、苦しく耐えがたい状態を表します。「憂いも辛いも」と、似た意味の言葉を重ねることで、心配、悲しみ、苦しさ、不満などを広くまとめ、調子よく強調しています。
「食うて」は、現在の共通語でいう「食って」や「食べて」に当たります。もとの「食ひて」の「ひ」が「う」に変わったウ音便(うおんびん)の形で、発音しやすくするために生まれた言い方です。
江戸時代の笑い話や小咄を集めた咄本(はなしぼん)では、「食うて」のようなウ音便の形が、くだけた会話の場面で使われる傾向がありました。このことわざにも、書き言葉というより、人々が暮らしの中で口にしてきた言い回しの響きが残っています。
ただし、咄本における「食うて」の用法は、この言葉の形が近世の話し言葉になじむことを示すものであり、ことわざそのものの初出を表すものではありません。「食うて」という古風な形を保ったまま、一まとまりの言葉として伝わっています。
末尾の「の上」は、「その条件を満たしたあとで」「それがあって初めて」という意味です。したがって全体は、憂いや苦しさを訴えることさえ、食事を取れる生活を確保した上でのことだと言い切っています。
このことわざは、心の苦しみが軽いと決めつける言葉ではありません。飢えや困窮に直面すると、人はまず食べ物を得て命を保つことに力を注がなければならず、ほかの不満について考える余裕が失われるという、生活の優先順位を説いています。
考え方の近い言葉に、「衣食足りて礼節を知る」があります。中国の古典『管子(かんし)』の「牧民」にもとづき、衣服や食物が十分にあってこそ、人は礼儀や名誉、恥について考えられるという意味です。
ただし、二つの言葉が力点を置くところは異なります。「衣食足りて礼節を知る」が暮らしの安定と礼儀の関係を説くのに対し、「憂いも辛いも食うての上」は、食べることにも困る状態では、心の不満を口にする余裕さえないという切迫した現実を表します。
また、「飢えては食を択ばず」は、空腹が激しければ、食べ物を選んではいられないということわざです。どちらも、困窮したときには、好みや不満よりも、まず食べて生きることが先になるという、人間の暮らしの根本を伝えています。
このように、「憂いも辛いも食うての上」は、日々の食事を当たり前とせず、生活の基礎が整って初めて、心の問題やほかの望みに目を向けられることを教えることわざです。
「憂いも辛いも食うての上」の使い方




「憂いも辛いも食うての上」の例文
- 家計が苦しい時期、母は憂いも辛いも食うての上と、まず毎日の食事を守ることに努めた。
- 登山隊は食料を失い、憂いも辛いも食うての上と、景色を楽しむ計画を捨てて下山を急いだ。
- 会社が倒産の危機にある今は、職場の細かな不満より資金の確保が先であり、憂いも辛いも食うての上である。
- 避難所では、憂いも辛いも食うての上と、寝床の不便を整える前に食料の配布が急がれた。
- 飢饉の記録を読んだ生徒たちは、憂いも辛いも食うての上という言葉の重さを知った。
- 生活の基盤を立て直してこそ将来を考えられると、彼は憂いも辛いも食うての上を胸に刻んだ。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・三原裕子「後期咄本におけるウ音便形について」『アクセント史資料研究会論集』第10号、2015年。
・『管子』。























