【故事成語】
牛耳を執る
【読み方】
ぎゅうじをとる
【意味】
団体や組織の中心となり、実権を握って、その動きを自分の思うように支配する。


【英語】
・call the shots.(物事を取り仕切り、重要な決定を下す)
【類義語】
・主導権を握る(しゅどうけんをにぎる)
・実権を握る(じっけんをにぎる)
「牛耳を執る」の故事
「牛耳を執る」は、古代中国で諸侯が盟約を結ぶ際に行った儀式に由来します。牛を犠牲にして耳を切り取り、その血をすすったり、口もとに塗ったりして、約束を破らないことを誓いました。
このような儀式は、会盟(かいめい)と呼ばれました。「牛耳を執る」は、もともと、その儀式で牛の耳を扱う役目を担うことを表した言葉です。
ただし、牛耳をだれが扱ったかについては、古い記録の伝え方が一様ではありません。中国の礼制を記した『周礼(しゅらい)』に基づく説明では、盟主(めいしゅ)が牛耳を執り、ほかの者たちが血をすすって誓ったとされています。
一方、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』には、身分の低い者が牛耳を執り、尊い身分の者が盟約に立ち会ったことをうかがわせる場面もあります。牛耳を扱う行為と、盟約そのものを主宰する立場とは、初めから完全に同じものではなかったと考えられます。
『春秋左氏伝』は、中国の春秋時代の出来事を年代順に記した歴史書・注釈書です。左丘明の作と伝えられますが、作者や成立年代については明らかでない部分があり、戦国時代に形が整えられたと考えられています。
同書の定公八年の条には、晋(しん)が衛(えい)の君主と盟約を結ぼうとした場面で、「衛人、牛耳を執らんと請ふ」とあります。衛の人々が、晋の家臣に牛耳を執る役目を求めたという内容です。
これに対し、晋の成何は、衛を晋と対等な諸侯として扱うことはできないと述べました。その後、儀式の際に晋側が衛の君主の手を乱暴に扱ったため、衛の君主は怒り、晋に背こうとします。牛耳をだれが執るかという問題が、国の格式や上下関係に関わる重要なものであったことが分かります。
また、哀公十七年の条には、魯(ろ)の大夫が「諸侯盟ふとき、誰か牛耳を執る」と尋ねる場面があります。西晋の杜預は、この箇所について、牛耳を執る者とは盟約を主宰する者である、という趣旨の注を付けました。
こうして、儀式で牛耳を扱うという具体的な行為から、盟約を取り仕切ること、さらに諸侯の中で盟主となることへと、意味が広がりました。やがて、国どうしの盟約に限らず、ある集団の中心に立ち、その動きを支配することを表すようになりました。
清代の戯曲『桃花扇(とうかせん)』(1699年、孔尚任作)には、文人たちの世界を率いることを「牛耳を執る」と表す用例があります。この段階では、政治や軍事上の盟約を離れ、文学の世界で主導者となる意味にも使われています。
日本では、『授業編(じゅぎょうへん)』(1783年・江戸時代後期、江村北海著)の凡例に、「余賤しくして又芸苑に牛耳をとる身にもあらねば」とあります。「芸苑(げいえん)」は文学や芸術の世界を指し、ここでは、自分はその世界を率いる立場ではない、という意味で使われています。
明治時代には、徳富蘆花の小説『思出の記(おもいでのき)』(1900〜1901年)に、「牛耳を握る」という近い形も出てきます。「執る」が「握る」に置き換わっても、実権を手中に収めるという意味は受け継がれています。
さらに、大正時代には、「牛耳る」という動詞も使われるようになりました。「牛耳を執る」という表現が一語に縮まり、組織や業界を思うままに動かすという意味で定着したものです。
現在の「牛耳を執る」は、単に代表者になることではありません。集団の中心で実権を握り、方針や人事などに強い影響を及ぼすことを表す故事成語です。
「牛耳を執る」の使い方




「牛耳を執る」の例文
- 創業者は長年、業界団体の牛耳を執る立場にあった。
- 専務が会社の牛耳を執るようになり、社長は名目だけの存在になった。
- その議員は大派閥の牛耳を執ることで、党の人事に強い影響を及ぼした。
- 若い研究者が学会の牛耳を執ると、運営方針が大きく変わった。
- 一人の有力者が地域組織の牛耳を執る状態を、住民たちは見直そうとした。
- 彼女は豊かな発想と行動力で、新しい芸術運動の牛耳を執る人物となった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『周礼』
・『春秋左氏伝』
・孔尚任『桃花扇』1699年。
・江村北海『授業編』1783年。
・徳富蘆花『思出の記』1900〜1901年。























